「もういいよ、行こう」斎藤昇は立ち上がると、彼のズボンはピンと伸び、しわひとつなく、まるで洗濯してアイロンをかけたばかりのようだった。
斎藤昇の言葉は重くなかったが、その言葉には人を従わせる力があった。
白洲隆は歯ぎしりをした。今日一日は橋本絵里子と大野宏に台無しにされた。大野宏のことは、後でゆっくり仕返しができる。橋本絵里子については、弱みを握られないようにしないと。そうでなければ、絶対に橋本絵里子を潰してやる。みんな一体何なんだ!
「奈奈さん、じゃあ先に帰るよ。橋本おじさんまだ帰ってないけど、一人で大丈夫?」
「私を三歳児扱いしないでよ。自分のことを心配しなさいよ。私がいないと、大野宏に言葉巧みに操られて、五千円みたいになっちゃうじゃない。あなたの方が大野宏より年上なのに、この一、二年の付き合いが無駄になっちゃうわよ。年下に出し抜かれて、恥ずかしくないの?そんなに食べてるんだから、背と筋肉だけじゃなくて、少しは頭と知恵も使いなさいよ!」