二人の距離が一瞬で縮まり、近くにいた賀川野は思わず「うわっ」と声を上げそうになった。
このクソ野郎、あいつが何かやらかすと思っていた!
「兄さん、突っ込もうぜ!」
「何を突っ込むんだ」賀川礼は彼らから少し離れた場所に座った。
「兄さんが動かなくても、俺があのクソガキをぶっ潰してやる」
「落ち着けよ」
「誰かが兄さんの嫁さんを奪おうとしてるのに、そんなに冷静でいられるの?」賀川野は声を押し殺して言った。「兄さん、嫂さんがあのガキのために離婚を切り出すかもしれないんだぞ?」
「十数年の付き合いがあるんだ。あいつは今ヒーローごっこをしただけだ。恋愛は冗談じゃない」
「そうだ、家から戸籍簿持ってきたけど、入籍は済んだの?」
賀川野は何気なく尋ねた。鐘见寧と鐘見曜の方に気を取られていたからだ。
兄の表情の微妙な変化に気付かなかった。
「お前が聞くことじゃない」賀川礼の声は冷たかった。
「入籍してないなら、姉さんが彼と逃げても止められないぞ」
賀川野は兄が返事をしないのを見て。
兄を見たとき、その目に宿る冷気に背筋が凍り、すぐに大人しく座り直した。
距離が近かったため、鐘見曜の「賀川さんのことが好きなの?」という質問が聞こえてきた。
その一言で、賀川野は興味津々な表情で兄を見つめた。実際、青水市に来てから、兄嫁の口から「好き」や「愛」という言葉を聞いたことがなかった。
この二人は、一方は深く測り知れず、もう一方は内向的で恥ずかしがり屋だ。
この鐘見曜という奴は...
やるじゃないか!
現れた途端に面白い展開を見せてくれた。
賀川礼は表面上は平静を保ち、動じる様子もなかったが、指は膝を絶えずこすっていた。
彼は...
見た目ほど冷静ではなかった。
鐘见寧は彼らに背を向けていたため、賀川礼が来ているとは知らず、ただ鐘見曜の行動に驚いて「早く座りなさい、一体何がしたいの!」と言った。
「僕に対しては姉弟の情だと言うけど、じゃあ賀川さんに対してはどうなの?」
「二人の関係は取引でしょう」
賀川野は眉をひそめ、兄を見た。
取引?
兄嫁はとても仲が良いと思っていたのに。それに、兄の性格からして、好きでもない人と付き合うわけがない。
鐘见寧は彼の考えを完全に断ち切ろうと、落ち着いてコーヒーを一口飲んで言った。「取引じゃないわ」