木村海は彼女たちが去るのを見て、心配になって後を追った。そして外で見張っていると、約三十分後、自分の主人の姿が見えた。
賀川礼はこのような場所には普段来ないし、会員でもない。
彼は強引に入ったのだ。
入り口の警備員は彼を知らなかったが、その雰囲気から手を出しにくい相手だと察し、形だけの制止をした。「お客様、会員でない方は入場できかねます!」
賀川礼はダークグレーのスーツを着て、瞳は冷たく沈み、全身から霜を纏ったような寒気を放っていた。支配人が駆けつけた時、彼を認めたようで、取り入るように笑った。「賀川さん、どのような風が吹いてこちらまで?」
「人を探している」
一瞬のうちに、騒がしかったバーが、まるで誰かが一時停止ボタンを押したかのように静まり返った。
激しい音楽さえも止まった。
周囲の雰囲気と不釣り合いなその人物を、皆が観察していた。
鐘见寧は江口晗奈と酒を飲んでいて、首を傾げた。「姉さん、なんで音楽が止まったの?」
江口晗奈はグラスを撫でながら、彼女に近づいて声を潜めた:
「あなたの旦那さんが来たからよ」
「え?」
鐘见寧が振り返ると、冷たい眼差しと出会った。賀川礼は二人を見て、「もう遅いから、帰りましょう」と言った。
「先に帰って。私はもう少しここにいるわ」江口晗奈は酔っていなかった。家に帰れば、母の前では全ての感情を抑えなければならないことを知っていた。
賀川礼は彼女の気持ちを理解し、強要しなかった。
江口晗奈は従弟が上着を脱いで鐘见寧に掛け、身を屈めて彼女を抱き上げる様子を見ていた。その仕草は細やかで優しかった。
「酔ってる?」賀川礼の声は低く響いた。
「ううん」鐘见寧は首を振り、彼の首に腕を回しながら、江口晗奈を見た。
「行ってらっしゃい」江口晗奈は手を振った。
二人が去るのを見送り、ため息をついた。突然、孤独感に襲われた。両親が愛し合う関係から互いを嫌悪するようになっていく過程を、彼女は全て目撃していた……
そして今では暴力沙汰にまで発展している。
恋愛なんて、信じられるものなのだろうか?
少なくとも彼女にとっては疑問符がつく。
恋愛する暇があるなら、お金を稼ぐ方がましだ。
男は裏切るかもしれないが、お金は裏切らない。
それに、お金では幸せは買えないと言うけれど、それは単にお金が足りないだけだ。