江口晗奈は鐘见寧が孔田美渺に出会ったと聞いて、一瞬頭が痛くなった。
「彼女は大丈夫だったの?」彼女は急いでスタッフに尋ねた。
「大丈夫です。むしろ孔田お嬢さんを殴ったくらいです」
「自業自得ね」
話しながら、江口晗奈は4階の方向を見続けていた。スタッフは小さく笑って言った。「江口お嬢さん、ご心配なさらなくても大丈夫です。盛山若社長は近寄りがたい印象がありますが、実は良い方なんです」
「そう……」
江口晗奈は苦笑いを浮かべた。
そんなこと言われても、誰が信じるというの?
この時、鐘见寧も不安な気持ちでいっぱいだった。盛山若社長についてオフィスに入ると、一面の本棚と原石のジュエリー、シンプルで上品な雰囲気が広がっていた。
特に気になったのは、来客用の長机の上にあるガラスの香立てに、燃え尽きた線香があったことだ。
「香りが苦手ですか?」盛山若社長は彼女が線香を見つめているのに気付いた。
「いいえ」
話している間に、彼の秘書が鐘见寧の好みを聞いて、温かい水を注いでくれた。
鐘见寧は向かいの男性を見た。「実は、私と孔田お嬢さんの間には個人的な確執があって、ここで争いを起こしてしまい、ご迷惑をおかけしました。無料でデザインしていただくなんて申し訳ありません」
先ほど一緒に上階に上がった時も、鐘见寧は丁重に断っていた。
おそらく料金を心配しているのだろうと思ったのか、盛山若社長は「無料です」と一言。
「……」
「当店で不快な思いをさせてしまい、私たちにも非がありますし、それに……」盛山若社長は彼女を見つめて、「私はあなたの末叔父と知り合いです」
鐘见寧は水を飲む動作を止めた。
末叔父?
賀川洵のことだろうか?
彼女と賀川礼の関係は公にされていないはずなのに、どうして知っているのだろう。
「あなたは江口晗奈と一緒に来られました。彼女は賀川礼の従姉で、誰にも頭を下げない性格で有名です。だから、あなたと彼の関係は世間で噂されているほど単純ではないはずです」盛山若社長は説明した。
彼らは毎日限られた数のお客様しか受け付けておらず、具体的な名簿は彼が大まかにチェックしていた。
「賀川様は厳格なことで有名です。期待を寄せている孫に私生活の問題があるなんて、許すはずがありません」
鐘见寧は小さく笑った。
さすが賢い人だ。