「カチッ」と金属の留め具が開く音が響いた。
江口晗奈は神経が張り詰め、全ての思考が手のひらに集中していた。ファンタが猫ベッドから顔を出し、怠惰な猫の目で二人を見つめていた。
二人の体は近くに寄り添い、まるで絡み合うように密着していた。
ファンタは立ち上がり、二人の間を行ったり来たりしながら、注目を集めようとしていた。
樱庭司真は彼女にキスをした。
彼の呼吸は荒く、次第に激しくなっていった。
彼女の首筋に寄り添い、熱い息が時に軽く、時に重く、彼女の頬と耳に吹きかかった。
彼の息遣いで、江口晗奈は全身が熱くなり、頭がぼんやりしてきた。
まるで温かい温泉に浸かっているかのように、力が抜け、熱さで体が動かなくなった。
どれくらい時間が経ったのだろう——
樱庭司真は彼女の耳元で「僕の名前を呼んでくれないか?」と囁いた。
「司真……」
江口晗奈の声は極めて小さく、震えていた。
ファンタの不満げな鳴き声とともに、すべてが静寂に包まれた。
江口晗奈はまだ体の熱が冷めやらず、顔を彼の首筋に埋めたまま。樱庭司真は彼女の背中を優しく撫で、かすれた声で「お疲れ様」と言った。
彼は脇に置いてあった消毒ウェットティッシュを取り、彼女の手を拭き、少し痺れた手首をマッサージした。
江口晗奈は彼を見つめながら「樱庭先生、この償いで十分ですか?」と尋ねた。
「十分だよ」
樱庭司真は状況判断が的確で、いつ進むべきか、いつ引くべきかを心得ていた。
江口晗奈の手をきれいに拭き終えると、服を整え「シャワーを浴びてくる」と言った。
彼が出てきた時には、テーブルにはすでにトマトパスタが用意されており、江口晗奈は片側に座ってコーヒーを飲みながら、タブレットで書類を確認していた。彼が出てくるのを見て「食事にしましょう。コーヒーは飲みますか?」と声をかけた。
「遅いから飲まない。君も控えめにした方がいい、眠れなくなるよ」
「私はコーヒーに免疫があるから、どれだけ飲んでも平気よ」
食事を終えると、江口晗奈は仕事に取り掛かり、樱庭司真は書斎で本を読んで論文を書いていた。意外と調和の取れた光景だった。
まるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気だった。