賀川洵は、ゴミ箱の中で丸められたデザイン案を見ながら、口角を軽く上げた。「こんなに長く描いたのに、一箇所の破損で捨てるの?本当にいいの?」
賀川礼は低く笑った。「一箇所の破損でも、私にとっては無駄な原稿だ」
林昊洋の件と同じように、菅野望月のためだけじゃない。
それは彼が……
越権したからだ。
賀川洵は話しながら、賀川礼が持ってきたコーヒーを手に取り、眉をしかめた。「最近暇なのか?」
コーヒーを飲むのに、ラテアートなんかして。
「まあまあです」
賀川礼は最近、めでたい事があって上機嫌だった。結婚式が近いこともあり、出て行く前にこう言った。「ラテアートは元々寧ちゃんのために作ったんです。彼女がクリスマスツリーを作りたがって、このカップは失敗作だったので、無駄にしたくなくて、あなたに差し上げました」
「……」
「そうそう、これも」賀川礼はポケットから結婚式の招待状を取り出した。「菅野お嬢さんへの分です。叔父さんから渡してもらえますか」
「ああ」
「彼女は寧ちゃんの命の恩人です。贈り物は不要ですから、時間があれば式に来ていただけるだけで、私たち二人はとても嬉しいです」
「君の言葉は伝えておこう」
賀川礼は招待状を渡し終えると書斎を去った。
賀川洵は甥の結婚式の招待状を初めて見て、突然、幼い頃の賀川礼が自分の後をついて回っていたことを思い出した。ただ、義姉が早くに亡くなってから、彼の性格は随分と内向的になってしまった。まさか……
もう結婚式を挙げることになるとは。
——
香房にて
盛山文音は手の中の香粉を揉みながら、入ってくる足音を聞いて自分の賀川さんが戻ってきたことを知った。「招待状、叔父さんに渡した?」
「僕のすることを、まだ信用できないの?」
「確認しただけよ」
「まだ忙しい?」賀川礼は彼女の後ろに回り、片手で彼女の腰を抱き、もう一方の手で彼女の首筋の髪をかき分けた。彼が唇を寄せると、その熱い唇に彼女の体が震えた。
「やめて」
「明日続きをすればいい」
「だめ、私……」
盛山文音の言葉は途切れ、すでに賀川礼に抱き上げられ、ドアを開けて寝室へと向かった。廊下では本田敏之と賀川凌介に出くわし、彼はまだ礼儀正しく挨拶をした。
盛山文音は恥ずかしくて人に会わせる顔がなかった。