松本雨音はまだ婚約式の時の服装のままで、身なりは整っており、口紅も完璧な状態で、何事もなかったようだった。
「今夜は……」その男が人違いだったと言おうとしたが、木村海に蹴られて言葉を遮られた。
「羽沢叔母の言う意味は、私が無事だったから、今夜の出来事は水に流せるということですか?」松本雨音は冷笑した。
彼女は考えれば考えるほど恐ろしくなった。
盛山文音が無事だったのは、この男が早めに人違いに気付き、そして賀川礼が間に合って助けに来たからだ。
もし自分だったら……
おそらくそんな幸運には恵まれなかっただろう。
今夜は、きっと一生の悪夢になるところだった。
「結局のところ、私はあなたの実の娘ではないから、もし今夜松本咲良が被害に遭っていたら、あなたはそれでも同じように平然としていられたのですか?」松本雨音はゆっくりと羽沢母娘に近づいた。
「雨音、あなたの気持ちはわかるわ。必ず埋め合わせするから。みんな家族なのよ、どうしてこんなに……」羽沢彩乃が取り繕おうとしたが、言葉が終わらないうちに、松本雨音は突然テーブルの上の赤ワインを彼女に向かって投げかけた。
ワインが顔にかかり、羽沢彩乃はその場で呆然と立ち尽くした。
「松本雨音、あなた狂ったの!」松本咲良が母親を守るように飛び出してきた。
「これが狂っているだって?本物の狂人を見たことがないのね」
松本雨音は言いながら、グラスをテーブルに叩きつけた。ワイングラスが砕け散り、彼女は破片を掴んで一歩前に出た——
ガラスの破片が、
松本咲良の首に突きつけられた!
彼女の手首が強く押し付けられ、血が滲み出ると、松本咲良は悲鳴を上げた。「お姉ちゃん、何を、何をするの?」
「松本雨音、落ち着きなさい」羽沢彩乃も顔のワインの跡も気にせず、慌てふためいた。「咲良を傷つければ、あなたも刑務所行きよ」
「もし私が刑務所に行くとしたら、彼女を傷つけたからじゃなくて……」
「殺したからよ!」
松本雨音の口元に冷たい笑みが浮かんだ。
「た、助けて……お父さん、お母さん、助けて、お姉ちゃんが人殺しを……」松本咲良は恐怖で正気を失いそうだった。
元々狂っている人は怖くない、
怖いのは、
正気だった人が突然狂い出すこと。
その人が何をするか、誰にも予測できない。