身分証と戸籍謄本を燃やしてしまった

しばらくしてから。

階下から使用人たちの慌てた声が響いた。「火事だ!火事だ!」

浅湾別荘全体が騒然となった。

雑多な足音が一斉に響き渡った。

自室に戻ったばかりの藤原修も騒ぎに気付き、部屋を出てきた。眉間には冷たさと苛立ちが混ざっていた。

側近の園田一帆が慌てて小声で言った。「藤原様、小さな問題です。もう消火は済みました。」

藤原修の眉は暗く沈み、くっきりとした顎のラインに、思案げな色が浮かんでいだ。

園田一帆が何か言おうとする前に、使用人の悲鳴が響き渡った——

「時枝さんが自分の身分証と戸籍謄本を燃やしてしまいました!」

園田一帆は背筋が凍る思いをし、藤原修が既に声のする方へ向かっているのを目にした。

心の中でまずいと呟きながら、一緒についていった。

木村雨音は灰の山の前に跪き、燃え尽きていないものの原型を留めていない証明書を両手で持ちながら、涙声で言った。「藤原様、私の不注意が悪かったのです。時枝秋さんから目を離してしまい、気付いた時には既に火が付いていました。」

そう言ってから、涙を浮かべながら藤原修を見上げ、顔中に悔しそうな表情を浮かべた。

「申し訳ありません、藤原様、時枝秋さんがこんなやり方で、あなたとの入籍を拒否するなんて、私も予想していませんでした……」

藤原修の表情は険しく、青ざめた顔が怒りで青筋を立てていた。

空気は凍るような沈黙に包まれていた。

その寒さは激しく燃える炎のように、その場にいる全員の心を引き裂きそうだった。

誰もが声を潜め、藤原修の視線を避けていた。

木村雨音だけが勇敢に彼を見つめていた。

彼が時枝秋に完全に絶望するのを待っているかのように。

今日は、藤原修と時枝秋が入籍する予定の日だった。

実際には二年前に入籍するはずだった。s国の法律では、女性の結婚可能年齢は18歳からと定められている。

藤原修はずっと時枝秋を待っていた。彼女の大学合格日まで入籍を待っていた。

しかし、時枝秋は婚約者のために、ずっと芸能界に入り浸り、学業をおろそかにして、留年を繰り返していた。

藤原修は待ち続けていて、彼女は二十歳になったが、まだ高校二年生だった。

ついに我慢の限界に達し、彼女を家に連れ戻し、今日の入籍を決めた。

結果、時枝秋は今日、身分証と戸籍謄本を火で燃やしてしまったのだ!

「藤原様……」木村雨音は恐る恐る言った。「証明書の再発行はすぐにできます。私が時枝秋さんをよく説得して、早急に再発行してもらうようにしますよ。」

彼女は意図的に、消火の際に負った手のひらの傷を見せた。

時枝秋が藤原修をこれほど失望させたのだから、きっと彼の関心は徐々に自分に向くはずだと。

「何の話をしているの?」明るい声が階段から聞こえ、優雅な姿が降りてきた。

時枝秋だった。

彼女は既にシャワーを済ませ、柔らかな青い木綿のワンピースに着替えていた。すらりとした体つきが美しく映えていた。

顔にはマスクを付け、澄んだ美しい瞳だけを覗かせていた。

手にはバッグを下げており、外出するつもりのようだった。

身分証を燃やしたばかりなのに、今から外出するか?

側近の園田一帆は思わずにまずいと心の中で呟き、藤原様の全身から漂う殺気を感じ取り、さらに冷や汗を流した。

しかし木村雨音は喜色満面だった。時枝秋はやはり愚かだ。藤原修がこれほど怒っているというのに、さらに火に油を注ごうとしている!

このような格好で、婚約者に会いに行くつもりなのか?

このチャンスを活かさないなんて、自分が許せないと木村雨音は思った。

「時枝秋さん、小林凌に会いに行くんでしょう?お願いだから行かないでよ。藤原様はあなたのことを本気で想っているんです!」木村雨音は言い終わると、時枝秋の大爆発を待った。