「ありがとう」時枝秋はさっき盛永空良の演奏を聴いていなかったので、適当な返事もできなかった。
藤原修が時枝秋の方へ歩み寄ってきた。
盛永空良は、彼が時枝秋の側に行き、自然に時枝秋の手を握るのを目の当たりにした。
ファンの心は粉々に砕け散った。
しかし、時枝秋がツイッターやインタビューで何度も予防線を張っていたおかげで、盛永空良の開いた口は、ゆっくりと閉じられた。
彼が再び藤原修を見上げると、相手の類まれな才能と優雅な佇まいが時枝秋と実に相応しく、粉々になった心も少しずつ元に戻っていった。
「話は終わった?」藤原修が墨を散らしたような優美な声で尋ねた。
無形の中に秘められた威圧感は非常に強く、抵抗し難いものだった。
盛永空良は慌てて言った。「お邪魔しました。先に失礼します」