第379章 一生求めても得られなかった傷を癒す

堀口景介の実験室にいる武ちゃんは、今日はほぼ一日中、研究室の同僚たちにライブ配信をしていた。堀口景介も自然と耳にし、否応なく決勝進出者のリストを見ることになった。

jadeという名前を見て、堀口景介は以前のことを思い出し、時枝秋にメッセージを送った。

「決勝が終わってから帰るわ」と時枝秋は返信し、堀口景介がどこから情報を得たのかも察していた。

彼女がツイッターのページに切り替えると、案の定、時枝雪穂は既にいくつかのトレンド入りを果たしていた。

才女、ピアノなどのタグが全て彼女に付けられていた。

ファンはこういうのが好きなようで、データによると、今日一日だけで三万人のフォロワーが増えていた。

時枝秋は、彼女が小林凌との関係を公表するのも近いだろうと推測した。

二日後が決勝戦だ。

園田保夫と藤原千華はまだ帰っていなかった。

木村裕貴は時枝秋に尋ねてきた。「ショパン賞の受賞順位を発表しますか?」

彼もツイッターで時枝雪穂が話題を独占しているのを見ていた。

まるで彼女がs国を代表して参加した大会であるかのように振る舞っていた。

「今はまだいいわ」時枝秋はアイビーリーグの作曲コンクールのことを考えた。

時枝雪穂が何をするのか、もう少し様子を見てみたかった。

作曲コンクールで聞いた、あの耳に馴染みのある曲を思い出し、時枝秋の表情は冷ややかになった。常に自分を踏み台にして上に行こうとする時枝雪穂は、本当に自分を踏み台だと思っているのだろうか?

木村裕貴は彼女の言葉を聞いて、理由は聞かずに同意した。

会社から問い合わせがあっても、彼が適当な理由をつけて誤魔化すつもりだった。

決勝戦前夜、組織委員会から一つの知らせが届いた。

組織委員会の重要メンバーで、前ショパン賞受賞者である演奏の巨匠が、この日に85歳で永眠したという。

この年齢での死は、喜寿と言えるだろう。

しかし組織委員会は、決勝後すぐに予定されていた授賞式を一ヶ月後に延期することを決定した。

園田保夫もこの決定に賛成し、時枝秋に知らせに来た。

「問題ありません。先輩を敬うのは当然です」と時枝秋は言った。

「みんなも同じような意見でした。だから明日結果が出た後、一ヶ月後にもう一度ワルシャワに来ることになります」と園田保夫は説明した。