青木岑は着替えを済ませると、同じ科の看護師の付き添いを断り、一人で特別病棟の最上階へと向かった。
途中、彼女は考えていた。手術室に入ったら、もし手術が失敗すれば、家族に会う機会すらないかもしれないと。
思い切って携帯を取り出し、母親に電話をかけたが、長く鳴り続けても誰も出なかった。明らかに彼女との会話を避けているようだった。
青木岑はため息をつき、弟の原幸治に電話をかけた。
「姉さん」向こうから原幸治の若々しい声が聞こえた。
「幸治、授業中?」
「いや、今日はあまり授業がないんだ。図書館で資料を調べてるところ。何かあった?」
「ああ、今日は忙しくて、第四病院に行けそうにないの。時間があったら、お母さんの様子を見に行ってあげて」
「わかってる。資料を調べ終わったら行って、ついでに夕食も買っていくよ」
「そう」青木岑は心配そうな様子だった。
「姉さん、じゃあ切るね」
「幸治、私が忙しくて面倒見られなくなったら、お母さんのことを私の代わりによろしくね」
「わかったよ、姉さん」そう言って、原幸治は電話を切った。
青木岑は携帯を手に取り、寺田徹の名前を見つけたが、電話をかける必要はないと感じた。
代わりに熊谷玲子に電話をかけたが、相手は電源が切れていた。フライト中なのは明らかだった。
青木岑は携帯をしまい、深く息を吸って、もう考えないようにして、ドアを開けて手術室横の休憩室に入った。
三十代半ばくらいの男性が率先して声をかけてきた。「青木岑さんですよね?」
「はい、そうです」
「脳外科助手の細川です。細川さんと呼んでください」
「はじめまして」青木岑は挨拶を交わした。
「これが今日の手術スタッフの資料と名簿です。まず目を通してください」
そう言って、細川さんがファイルを渡してきた。青木岑はゆっくりとそれを開いた。
執刀医補佐:平野清司、男性、47歳、脳外科権威、京都医科大学博士号取得。
執刀医補佐:山田靖子、女性、43歳、脳外科権威、オーランド大学医学博士。
麻酔医:山口譲、男性、42歳、特級麻酔医、日本大阪医科大学医学博士。
助手:細川久、35歳、脳外科助手、シンガポール国立大学医学部修士。
助手:青木岑、24歳、産科研修看護師、C市医学院高等看護学科卒業。