「ああ、なんでもないんだけど、忘れ物があったことを思い出したの。時間があるときに持ってきてくれない?」
「はい、帰って探してみます」青木岑は頷いた。
「持ってきたら岡田麻奈美に直接渡してくれればいいよ」寺田徹は青木岑を刺激しようとして付け加えた。
しかし青木岑は少しも驚いた様子もなく、ただ冷静に「はい」と答えた。
その後、青木岑は彼とすれ違って去っていった……
寺田徹は胸が苦しくなった。彼女に対して何の感情もないというのは嘘だった。あれほど長く彼女を追いかけていたのだから。
三年間付き合って、彼女によくしてきた。今突然別れることになって、心が痛まないはずがない。
青木岑もきっと辛いはずだと思っていた。だって今自分は岡田麻奈美と付き合っているのだから。
でも先ほどの青木岑の目には、少しも心の痛みが見られなかった。