「夜に会いましょう」西尾聡雄は静かに言った。
青木岑は片手で赤くなった顔を隠し、慌ててドアを開けて車から降りた……
そして振り返ることなく小走りで病院へと向かった。
その後、西尾聡雄のマイバッハは向きを変えて別の方向へと走り去った。
青木岑が病院の正面玄関に着いた時、一台の銀白色のBMW730が最前列の駐車スペースにゆっくりと停まるのを見た。
青木岑は少し困惑した。この駐車スペースは吉田院長専用のはずだし、院長の車はアウディA8のはずなのに。
不思議に思っていると、車から一人の女が降りてきた。とても若く、二十代半ばくらいの様子だった。
目は小さめで眉が長く、赤い体にフィットしたワンピースを着ていて、とても目立っていた。
その女は特別美人というわけではなかったが、雰囲気は良く、裕福な家庭で育ったことが一目で分かるタイプだった。
青木岑が中に入ろうとした時、その女が甘えた声で「徹、私のバッグを取ってきて」と言うのが聞こえた。
青木岑は急いで振り返り、運転席から降りてきた寺田徹が、エルメスのバッグを手に持っているのを見た。
そして彼はそのバッグを女に渡し、二人は腕を組んで親しげに玄関へと歩いてきた。
青木岑を見た瞬間、寺田徹の表情が少し変化した……
しかしそれはほんの一瞬だけで、すぐに他人を見るような目つきで青木岑を一瞥した後、その女の手を引いて堂々と中に入っていった。
「えっ?彼は岡田麻奈美と付き合っているんじゃなかったの?」青木岑は独り言を言った。
午前中ずっと妊婦の胎児心拍検査をしていた青木岑は、やっと仕事が終わり時計を見ると、もう昼食の時間は過ぎていた。
「先輩、はい、お弁当買ってきました。でも今日のおかずはひどくて、私は白菜大嫌いなんです」山田悦子が二つの弁当箱を持って入ってきた。
「ありがとう、悦子ちゃん」青木岑は微笑んだ。
そして弁当箱を開けて食べ始めた。人は空腹になると、好き嫌いなど忘れてしまうものだ。
山田悦子が不味いと言った料理を、青木岑は美味しそうに食べていた……
その時、思いがけない来客が現れた。「青木岑、話があるわ」
「あー……また喧嘩しに来たんじゃないでしょうね?」山田悦子は岡田麻奈美を見て口をとがらせた。