第106話:ストーカー

「夜に会いましょう」西尾聡雄は静かに言った。

青木岑は片手で赤くなった顔を隠し、慌ててドアを開けて車から降りた……

そして振り返ることなく小走りで病院へと向かった。

その後、西尾聡雄のマイバッハは向きを変えて別の方向へと走り去った。

青木岑が病院の正面玄関に着いた時、一台の銀白色のBMW730が最前列の駐車スペースにゆっくりと停まるのを見た。

青木岑は少し困惑した。この駐車スペースは吉田院長専用のはずだし、院長の車はアウディA8のはずなのに。

不思議に思っていると、車から一人の女が降りてきた。とても若く、二十代半ばくらいの様子だった。

目は小さめで眉が長く、赤い体にフィットしたワンピースを着ていて、とても目立っていた。

その女は特別美人というわけではなかったが、雰囲気は良く、裕福な家庭で育ったことが一目で分かるタイプだった。

青木岑が中に入ろうとした時、その女が甘えた声で「徹、私のバッグを取ってきて」と言うのが聞こえた。

青木岑は急いで振り返り、運転席から降りてきた寺田徹が、エルメスのバッグを手に持っているのを見た。

そして彼はそのバッグを女に渡し、二人は腕を組んで親しげに玄関へと歩いてきた。

青木岑を見た瞬間、寺田徹の表情が少し変化した……

しかしそれはほんの一瞬だけで、すぐに他人を見るような目つきで青木岑を一瞥した後、その女の手を引いて堂々と中に入っていった。

「えっ?彼は岡田麻奈美と付き合っているんじゃなかったの?」青木岑は独り言を言った。

午前中ずっと妊婦の胎児心拍検査をしていた青木岑は、やっと仕事が終わり時計を見ると、もう昼食の時間は過ぎていた。

「先輩、はい、お弁当買ってきました。でも今日のおかずはひどくて、私は白菜大嫌いなんです」山田悦子が二つの弁当箱を持って入ってきた。

「ありがとう、悦子ちゃん」青木岑は微笑んだ。

そして弁当箱を開けて食べ始めた。人は空腹になると、好き嫌いなど忘れてしまうものだ。

山田悦子が不味いと言った料理を、青木岑は美味しそうに食べていた……

その時、思いがけない来客が現れた。「青木岑、話があるわ」

「あー……また喧嘩しに来たんじゃないでしょうね?」山田悦子は岡田麻奈美を見て口をとがらせた。