「必要ありません。ありがとう」
「冗談じゃないよ、本気だ」と桑原勝は主張した。
「私も冗談を言っているわけじゃないわ。本気よ、本当に要りません」
「仕事中?」
「いいえ」
「家にいる?」
「いいえ」
「じゃあ、どこにいるの?」桑原勝は白目を剥くような絵文字を送信した。
「バカンス中」
「一人で?」
「違うわ」夫と一緒だと言おうと思ったが、青木岑は自分が夫のことを自慢しているように思われたくなかった。
しかし、賢い桑原勝は彼女が誰と一緒にいるのか察し、すぐに沈黙し、返信をしなくなった。
ウェイボーのDMは、彼が青木岑と連絡を取れる唯一の手段だった。ファンに気付かれないように、コメントもできない。
DMしか送れないなんて、本当に困ったものだ……
さらに重要なのは、青木岑はウェイボーにあまり頻繁にログインせず、思い出した時だけたまにログインする程度で、オンラインになることは稀だった。
可哀想な桑原勝は24時間スマートフォンでウェイボーを開いたまま、青木岑の投稿だけをチェックし、彼女が新しい投稿をするたびに即座に話しかけていた。
全体的に見て、やり方は幼稚だった……
西尾聡雄は会議が終わると、すぐに階下に降りて青木岑を探し、二人は手を繋いでホテル前の庭園を散歩した。
周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、気分は格別に爽やかだった……
「ここの空って、私たちの住んでいる所より青いと思わない?」青木岑は顔を上げて空を見上げた。
真っ青な空に、綿菓子のような白い雲が浮かんでいるのを見つめた。
「ここは自然のままだからね。車の排気ガスも重工業の工場もないから、スモッグもない」
「素敵ね。これこそが人間が住むのにふさわしい場所よ。あの鉄筋コンクリートの建物は、まるで檻のよう。ねえ、私たち年を取ったら、ここで老後を過ごしましょう?」
「いいよ。君の行きたい所なら、どこへでも行くよ」西尾聡雄の目には深い愛情が溢れていた。
「最近、すごく忙しそうね」
「ああ、少しね。会社が間もなく30周年記念式典を迎えるんだ」
「なのに私を連れて来てくれたの?」青木岑は驚いた。