「常識がないね。船酔いする人がタバコを吸うと症状が悪化するのに。タバコの匂いが感覚と脳を刺激して、もっと吐き気を強くするのよ」
桑原勝:……
関口遥:医師の言うことをよく聞きなさい。
桑原勝:彼女は医師じゃない、まだ看護師だよ。
青木岑:そんなに元気に私をけなすなら、私の助けなんて必要ないってことね?
そう言って青木岑は立ち去ろうとした……
「ちょ、ちょっと待って...そういう意味じゃないんだ。行かないで。船酔い...本当に辛いんだ」桑原勝は初めて柔らかい口調で話した。実は青木岑に船酔いを治してもらいたかったわけではなく、ただ彼女にもう少し居てほしかっただけだった。
青木岑は足を止め、不機嫌そうに振り返ると、桑原勝の服を掴んで寝室のベッドまで引っ張っていった。
そして、携帯していた小さなバッグから和光油を取り出し、指先に少しつけると、桑原勝の左のこめかみに優しく塗った。
桑原勝は青木岑の指先が触れた瞬間、全身に電流が走るような感覚を覚えた。
その不思議な感覚、その緊張感、その興奮の極み……
「じゃあ、私は席を外します」関口遥はそう言って出ようとした。
「出なくていいわ。私が彼を外に連れて行って空気を吸わせてくる」青木岑は桑原勝の右のこめかみにも塗ってから、彼を引っ張って部屋を出た。
桑原勝の部屋を出てから5メートルも行かないところに通路があり、そこは直接上のデッキにつながっていた。
青木岑は彼をデッキまで連れて行き、心地よい海風に当たると、確かに桑原勝は楽になった気がした……
「船酔いの時は食べ過ぎないこと。半分空腹の状態を保つの。それに刺激的な匂い、例えば魚介類やタバコなどは避けること。外に出て空気を吸うと症状が和らぐわ。後でサービスデスクに酔い止めを頼んでね。あまり効果はないけど、ないよりはマシだから」
青木岑は長々と説明したが、桑原勝は一言も覚えていなかった……
なぜなら、彼は青木岑の横顔ばかり見ていたから……
青木岑は今メガネをかけておらず、清潔な横顔が海風に吹かれ、目尻にはいつもと違う魅力が宿っているように見えた。
桑原勝は狂おしい衝動に駆られた。彼女を抱きしめて、その目に軽くキスをしたいと思った。