水野日幸が戻ってきた。前の家に再び戻ってきたのだ。
彼女にとって、こここそが本当の家、温かい家なのだ。
水野日幸はぐっすりと眠り、目が覚めた時にはもう夕方だった。起き上がるとすぐに屋根裏部屋へ梯子を取りに行った。
出雲絹代は台所で料理をしながら、彼女に向かって叫んだ。「日幸、梯子を持って何をするの?重くて持てないでしょう。お父さんが帰ってきたら持ってもらいなさい。」
窓越しに、娘が苦労して梯子を壁の方へ引きずっていく姿が見えた。
「お母さん、持てるわ。」水野日幸は心の中で思った。隣には将来世界を破滅させる大物が住んでいることを、あなたは知らないのだと。
この大物は、彼女が一度食事を振る舞ったことへのお礼として、彼女のために曽我家を滅ぼし、書物を焼き払い、世界そのものを破壊したのだ。
大物による天地破壊を止めるため、彼女は早めに準備をし、毎日大物に温かさを届け、彼を暗闇から連れ出し、陽の光を浴びさせ、愛を感じさせなければならない。
「この子ったら、体中傷だらけなのに、どうしてそんなに動き回るのかしら。」出雲絹代は追いかけてきて、彼女を脇へ引き寄せながら、梯子を立てかける手伝いをした。
「お母さん、大好き。」水野日幸は彼女にハートマークを作って見せた。
出雲絹代は警戒するように彼女を見た。「まさか隣の家を覗こうとしているんじゃないでしょうね!」
水野日幸:「どうして信じてくれないの?私がそんな変態だと思う?新しい隣人が来たから、挨拶しようと思っただけよ。」
出雲絹代:「挨拶するなら正式に玄関から行きなさい。壁を登るなんて何事?お母さんが何か用意するから、後で持って行きなさい。」
水野日幸は彼女を押しやった。「お母さん、私は自分が何をしているか分かってるわ、もう子供じゃないし。早く料理に戻って、お父さんがもうすぐ帰ってくるでしょう。」
大物は気難しく、誰とも会わない。玄関から訪ねて行っても、相手にしてくれないだろう。
十七歳の水野日幸は、まるで花のように瑞々しく、頬を摘むと水が出そうなほどだった。赤いウールのコートを着て、白いニット帽を被り、帽子には白いポンポンが二つついていた。
自分の青白い顔色を大物に見せないように、薄化粧をし、鏡で念入りにチェックして、赤ちゃんのような柔らかい頬を軽く押しながら、満足して出かけた。
出雲絹代は娘が可愛らしく出かけていく姿を見ていた。首には紐を掛け、観葉植物の鉢を抱えていた。
水野日幸は母親が見ているのに気付き、手に持った植物を掲げて、にっこりと笑った。「お母さん、隣人への引っ越し祝いよ。」
出雲絹代はため息をつき、愛情を込めて頷いた。「行っておいで。気を付けてね!」
水野日幸:「はい、出雲さん!」
出雲絹代の目元には笑みが浮かんでいたが、目は赤くなっていた。
娘が戻ってきて、やっと家が家らしくなった。本当に良かった。
住人のプライバシーを守るため、別荘と別荘の間の壁は二メートルほどの高さがあり、すべて石造りの壁で、向こうに何も見えない。
水野日幸は観葉植物を抱えて梯子の上まで登り、こっそりと半分顔を出すと、確かに庭に座っている男性が見えた。
男性は車椅子に座り、黒いロングコートを着て、足には灰色の薄い毛布が掛けられていた。
男性は横向きで、神の手で丹念に彫り上げられてきたかのような立体的な横顔に、人を寄せ付けない冷たい表情しか見えなかった。
ちょうど夕暮れ時、オレンジ色の夕日が彼の体に当たり、影を長く長く伸ばしていて、言いようのない孤独と哀愁を漂わせていた。
彼の名は長谷川深。彼女が死の間際に彼に会っていた。
彼は彼女が一度食事を振る舞ったことへの恩返しするため、ずっと彼女を探し続けていたのだ。