葛生は長いコートを持って、男性に掛けながら言った。「ボス、お戻りになって少し休まれては?」
長谷川深は少しかすれた声で言った。「軒袁に彼女を見張らせろ」
葛生は車椅子を押しながら答えた。「はい」
長谷川深はさらに念を押した。「気をつけろ、彼女に気付かれるなよ」
あの小娘は頭が良すぎる。前回のドラマ投資の件も、すでに察知していた。
水野日幸は幼い頃からダンスを学び、大小様々な賞を受賞してきた。地域レベル、県レベル、全国レベル、アジア圏レベルと、数多くの賞を獲得している。
一昨年、彼女の人生で最も価値のある賞を受賞した。アジアダンスコンペティション青少年部門の金賞だ。
その金賞により、彼女は県立一級ダンサー、国家級ダンサー予備軍に選ばれた。
しかし曽我家に戻ってからは、家族の機嫌を損ねないよう、毎日慎重に行動し、何も要求できなくなった。
この一年余り、通常の大会にさえ一度も参加していない。曽我逸希と川村染は、彼女の成績が悪いことを理由に、勉強に専念させるため大会参加を阻止していた。
今回の大会では、プロフェッショナル級のダンサーとして、予選を難なく通過し、決勝に進出した。
『全国ダンスコンペティション』は日本放送協会で放送され、時間短縮のため、プロフェッショナル部門のみが設けられ、プロのダンサーだけが参加資格を持っていた。
大会は単純で、予選、決勝、授賞式のみだった。
「日幸、これ、忘れてたわよ。あなたったら、なんて不注意なの」出雲絹代は追いかけてきて、カイロを彼女のカバンの横に入れながら言った。「ダンス衣装に着替えたら、お腹に貼るのよ。ステージに上がる直前に外すの」
娘は幼い頃から子宮が冷えやすく、少し冷えただけで生理痛がひどくなるのだった。
「わかってるわ、ママ。もう子供じゃないんだから」水野日幸は笑いながら母の腕を掴んで言った。「ママと水野パパは家で良い知らせを待っていてね」
「本当にママが付き添わなくていいの?」出雲絹代は少し寂しそうだった。
娘は以前、毎回の大会に彼女を同行させ、衣食住の手配をさせていた。それだけに心配で仕方がなかった。
「大丈夫よ。地方大会じゃないんだし、ママが付いてきたら緊張しちゃうわ」
「前はママが付いてないと緊張するって言ってたじゃない?」