「もうないわ」水野日幸は話題を変え、「でも、兄から借りることはできるわ」
「いいえ、もう十分です」石田文乃も小さく咳をして、立ち上がって帰ろうとした。
彼女は裕福な家庭の出身だが、それは彼女のお金ではなく、貯金という概念もなかった。両親からの生活費は、毎月使い切るのが基本だった。
クラスメイトたちも同じで、誰も貯金なんてしない。遊びに使うのでさえ足りないのに。急いで集めたお金を合わせても百万円に満たず、しかもすっからかんになってしまった。
「そうそう、私がお金を出したことは、他の人には言わないでね」水野日幸は帰ろうとする石田文乃を呼び止めて注意した。
彼女は面倒なことが一番嫌いだった。
石田文乃は複雑な表情で彼女を見つめ、やっと思い出した。私がよっぽど冷静だったから残高を見ても死ぬほど驚かなかったけど、もし少しでも動揺していたら、今頃みんなに知れ渡っていただろうな、と心の中で思った。