葛生も誰かに見られていることを感じ、ボスの方向に目を向けた。危険な眼差しで見渡すと、誰がそんなに大胆なのか、目が要らないなら抉り取ってやろうと思ったが、相手の顔を見てからは複雑な表情を浮かべた。こっそりと車の方向を見ようとしたが、目を抉られるのが怖くて、できなかった。
その女性は他でもない、水野お嬢様の師匠の姉、関口月だった。
そのとき、水野日幸も車のドアを開けて降りた。最初に目に入ったのは向かい側の、厚着をして妙に神秘的な雰囲気を醸し出している人物で、まさに関口月だった。
関口月は見つかったことに気づき、軽く頷いて謝意を示した。すると車からもう一人降りてきたのを見て、立ち去ろうとした動きを止め、手を振って挨拶をした。
水野日幸も彼女に手を振り返した。番組スタッフが言っていた、自分も知らない謎のゲストというのは、もしかして月姉なのかもしれない!
番組スタッフは関口月の視線の先を追い、出雲先生を見つけた。彼女は兎のぬいぐるみを抱えており、その高冷で人を寄せ付けない雰囲気との対比が、とても不自然に見えた。
「お兄さん、行ってきます」水野日幸は兎を抱きながら挨拶をし、歩き出そうとした。
「待って」長谷川深は彼女を呼び止め、兎のぬいぐるみに目を向けたまま、夜の中で一層セクシーに響く低い声で言った。「それを置いていけ」
水野日幸は不思議そうに彼を見て、ぬいぐるみを強く抱きしめながら呟いた。「これは私が取ったんです」
長谷川深は一歩も譲らない。「私のお金で取ったんだ」
水野日幸:……
うぅ、お金を出したからって偉そうに。泣いたら譲ってくれるかな?
長谷川深は彼女の様子など気にせず、ただ低い声で言った。「こっちによこせ」
水野日幸は鼻を啜り、向かいに人がいるので高冷なイメージを保たなければならず、甘えたり駄々をこねたりもできない。それに、これは兄が初めて彼女とぬいぐるみを争うことだった。小さな兎を彼に渡して「じゃあ、行きます」
長谷川深は満足げに兎を抱き、頷いた。「ああ」
水野日幸は泣きそうになった。なんだか見捨てられたような気分になってしまう。