第582章 団地の入り口で見かけたあの男!

「いいえ」長谷川深は笑って、飴を抱き上げて彼女に渡した。

飴は元々とても賢い猫で、彼の目の表情が分かるかのように、もう彼にまとわりつくことはなく、おとなしく出雲絹代の腕の中に戻り、頭を彼女の胸に埋めて、恥ずかしそうにしていた。

出雲絹代は呆れた。この小さな子は、目の前の人を瑾智と間違えたのだろう。彼女は男性の足を見て、感慨深く思った。こんなに若いのに、足が不自由なんて、なんて残念なことだろう。

長谷川深は再び飴を見つめ、出雲絹代に頷いて、車椅子を転がして去っていった。

出雲絹代は飴のふわふわした頭を撫でた。小さな子は何かがあったのか、どうしても腕から離れようとしなかった。仕方なく、この可愛い子を抱き続けることにした。

かなり歩いてから、出雲絹代は振り返って見たが、通りは人で溢れており、あの人の姿はもう見えなかった。飴を見つめると、突然奇妙な感覚が心に湧き上がってきた。

飴は本当に人違いをしたのだろうか?

さっき飴が男性の手に擦り寄っていた時の表情や仕草を思い出した。信頼していない人や見知らぬ人には、決してあんな親密な行動はしないはずだ。

飴は家族にはとても甘えん坊で愛情表現が豊かだが、見知らぬ人に対しては常に冷たい態度を取る。触らせてくれどころか、近づこうとすると威嚇さえするのだ。

もしかしたら、自分が考えすぎているのかもしれない。飴は彼と相性が良かっただけかもしれない。ペットに好かれやすい人もいるし、猫や犬に会うと即座に懐かれる特別な体質の人なのかもしれない。

出雲絹代は飴を連れて市場で買い物をし、帰宅すると隣家から物音が聞こえてきた。無意識に瑾智が帰ってきたのかと思ったが、よく考えると違和感を覚えた。

瑾智の家族が帰ってくるなら、彼一人だけのはずがない。他の人はともかく、玄次は必ず一緒に帰ってくるはずだ。彼が帰ってきたら、こんなに静かなはずがない。

飴は家に着くなり、小さなカートから飛び降り、一気に塀の上に駆け上がった。あっという間に姿を消し、隣家へと走っていった。

出雲絹代は目を離した隙に小さな子が逃げてしまい、隣家に泥棒が入ったのではないかと心配になった。急いで手にしていた物を置き、普段水野日幸が登る梯子を初めて登った。