結局、大川真は彼女に声をかける勇気が出ず、彼女がエレベーターを出て行くのを見送りながら、心に明らかな後悔と失望が走った。
水野日幸の第六感は相変わらず鋭かった。個室のドアを開けて藤田君秋を見た瞬間、心臓が一瞬止まり、体が少し硬くなったが、すぐに普段通りに戻った。
幸い、藤田君秋は何も知らないようだった。
次兄は彼女が出雲七だと知っていたが、やはり次兄は頼りになり、秘密を守ることを約束し、家族にも話していなかった。
江川歌見は仲介役として、お互いを紹介した。
藤田君秋は笑顔で挨拶した。「出雲七先生、はじめまして。」
水野日幸は彼女に頷いた。「こんにちは。」
藤田君秋は目の前の少年を観察した。この雰囲気は、彼らの家に来た九州先生とどこか似ているように感じた。
料理はまだ運ばれていなかった。
藤田君秋は彼女たちにお茶を注ぎながら言った。「もう一人待っているんですが、出雲七先生がお腹が空いているようでしたら、先に食べ始めましょうか。食べながら待ちましょう。」
水野日幸の目の中の表情が微かに変化し、心の中で良くない予感が生まれた。もう一人?誰を待つの?藤田清義?
くそっ!
彼女はここで藤田清義に会いたくなかった。次々と明かされる正体、彼に会えば必ず隠しきれなくなる。幸い彼は口が堅く、他人に話すことはないだろう。というより、他人に話すことなど彼にとってはどうでもいいことなのだろう。そうでなければ、彼女の正体がバレるのは本当に理不尽だ。
江川歌見は笑って言った。「お甥様ですか?」
彼女はファッション業界にいたので、当然藤田君秋とは会ったことがあった。しかし以前は親しくなく、会釈する程度の関係で、親しくなったのはここ数ヶ月のことだった。
藤田君秋と彼女は、結局のところ同じ世界の人間ではなかった。相手は超一流のセレブ貴族の世界で、親友は王女や大統領夫人で、彼女とはレベルが違った。
しかし親しくなってみると、彼女の性格は実に付き合いやすく、噂にあるような高飛車な態度はなかった。藤田家のお嬢様という身分を除けば、普通の女の子と変わらなかった。
藤田君秋は頷いて笑った。「彼も出雲七先生のことを高く評価していて、出雲七先生とお会いできると聞いて、ぜひ挨拶したいと言っていたんです。出雲七先生、よろしいでしょうか?」