第602話 彼のことを一目も見ないの?

唇の間から塩辛い味が漏れ出し、長谷川深の体は突然硬直した。止まると同時に、理性も少しずつ戻り、心配そうに、慌てて少女を見つめ、嗄れた声で「ごめん」と言った。

彼女は、彼に驚かされたのだろう!

くそっ、どうして彼女にこんなことができたんだ!

水野日幸は突然彼の首に腕を回し、再び唇を重ねた。

ある種のものは、一度始まってしまえば、もう二度と戻せない。長い間抑え込んでいた感情は、この瞬間、突然決壊した洪水のように、もう抑えることができなかった。

とても長い時間が過ぎた後。

水野日幸は荒い息を吐きながら、彼を見上げた。瞳には満天の星のような輝きと、彼の姿が映っていた。少し嗄れた声で「お兄さん、どうしたの?」と尋ねた。

「会いたかった」長谷川深は低い声で答え、細長い深い瞳は、彼女の今の恥じらう姿を骨の髄まで刻み込むかのようだった。「付き合おう!」

日本の習慣では、数え年で彼女はもう18歳、成人していた。

水野日幸は、この瞬間本当に泣きたかった。つい先ほどまで、どうやって彼を誘惑しようか、どうやって彼の心を揺さぶろうか、誕生日の日にどうやって告白しようかと考えていたのに。

でも今、すべてが逆転してしまった。

十数日も連絡を取らなければ、彼がこんなに積極的になるなんて知っていたら、もっと早く試してみるべきだった!

「日幸」長谷川深は彼女を見つめ、少し緊張していた。かつてないほどの緊張だった。彼女からの返事がないことに、心が不安になり始め、瞳に明らかな苦みが浮かんだ。「嫌なの?」

そうだ。

彼は足の不自由な人間だ。彼は障害者だ。どうして彼女を縛る権利があるのか、どうして彼女の人生を台無しにする権利があるのか?

「お兄さん」水野日幸は彼の瞳に浮かぶ苦みを見て、心が痛んだ。彼の顔を両手で包み、真剣に見つめ、頷いて、厳かに言った。「私は嫌じゃない」

長谷川深は身を乗り出し、敬虔に、厳かに彼女の唇に軽いキスをした。そして彼女を優しく抱きしめ、耳元で低く、セクシーで嗄れた声でささやいた。「ありがとう」

星明かりが丁度良く、時間も丁度良く、すべてが丁度良かった。

でも、水野日幸のお腹は全然丁度良くなかった。グーッと鳴った時、彼女は自分でも恥ずかしくて死にたくなった。唇を噛みながら、潤んだ瞳で男性を見つめた。「お兄さん、お腹すいた」