国民的夫を連れて帰る(4)

長時間のフライトと午後一杯の会議で、来栖季雄の表情には疲れの色が漂っていた。オフィスチェアに腰掛けながら、アシスタントの予定報告に耳を傾けつつ、会議中にマナーモードにしていたスマートフォンを何気なく取り出した。特に重要なメッセージもなく、画面をロックしようとした瞬間、LINEが「ピンポーン」と鳴り、季雄はなぜか思わずそのメッセージをタップした。グループチャットに「『世の末まで』が無事クランクアップしました!今夜8時から帝国グランドホテルで打ち上げパーティーを開催します。お時間のある方はぜひお越しください!」という投稿が。

季雄はそのメッセージをじっと5秒ほど見つめた後、いつもの冷静な表情で顔を上げ、アシスタントの報告に頷いて了解の意を示した。

アシスタントは長年季雄に仕えており、彼の無口で冷静な性格をよく理解していた。そのため、表情を変えずに続けた。「来栖社長、飛行機が出発するまであと6時間ありますが、都内で夕食をお取りになりますか?それとも、空港で済ませますか?」

「都内で」季雄は淡々と口を開き、アシスタントが尋ねる前に「帝国グランドホテルにしよう」と付け加えた。

季雄とアシスタントが夕食を終えたのは、既に夜8時半を回っていた。会計を済ませ、二人が帝国グランドホテルの正面玄関を出ようとした時、季雄はふと足を止めた。

アシスタントも慌てて立ち止まり、「来栖社長、何かございましたか?」と尋ねた。

来栖季雄はしばらく無言だった。アシスタントがもう一度尋ねようかと思った矢先、季雄は落ち着いた声で、何の感情も込めずに言った。「先に車で待っていてくれ。少し用事がある。上の階に行ってくる」

そう言うと、季雄はホテルの入口でさらに数秒立ち尽くした後、エレベーターに向かった。

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鈴木和香は『世の末まで』に出演したのだから、当然打ち上げには参加するつもりだった。都内に戻るとすぐに、シャワーを浴び、着替え、髪を整え、簡単なメイクを済ませると、慌ただしい足取りで帝国グランドホテルへと向かった。しかし、それでも少し遅れてしまい、到着した時には、『世の末まで』の監督が壇上に立ち、形式ばった感謝の言葉を述べているところだった。

幸い、皆の視線は監督に注がれており、遅れてきた和香に気づく者はいなかった。彼女は人の輪の外に立ち、辺りを見回すと、一番外側に立っていたマネージャーの馬場萌子(ばば もえこ)の方へ歩み寄った。

監督の挨拶は短く、その後、宴が始まった。

宴会といえば、挨拶回りは欠かせない。

和香は芸能界ではトップスターではないが、その美貌、スタイル、雰囲気、そして相手によって話し方を変える器用さで、宴会を完璧に、優雅に、非の打ちどころなくこなしていた。

宴会にいる人々に挨拶を済ませると、和香は空腹でたまらなくなっていた。すぐに萌子を連れてビュッフェコーナーへ行き、食べ物をいくつか選ぶと、窓際の席に腰を下ろした。しかし、和香が数口食べたところで、ざわめいていた会場が、突然、静まり返った。

鈴木和香は口の中のものを飲み込みながら、不思議そうに顔を上げ、皆の視線の先を追うと、そこにいたのは来栖季雄だった。

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