国民的夫を連れて帰る(3)

来栖季雄は鈴木和香を引き裂かんばかりの表情で、歯ぎしりしながら最後の言葉を吐き捨てると、和香の首を掴んでいた手を乱暴に離し、彼女を一瞥もせずに立ち去った。

とことん付き合ってやる…鈴木和香の長い睫毛が震え、顔色が少し青ざめた。彼女は壁に寄りかかったまま動けず、ドアの外で大きな音が響くまで、唇をきつく結んで唾を飲み込んだ。そして、力なくしゃがみこみ、目元に涙が滲んだ。

彼女は『世の末まで』に出演したいから彼のベッドに潜り込んだのではない。

『世の末まで』に出演したいという気持ちを言い訳にして、自分の心を隠しただけだ。

そしてその心は、彼女だけの秘密だった。それは、彼を愛しているということ。

そう、愛している。彼女は十三年間、彼を密かに愛し続けてきた。彼に知られることを恐れ、知られてはならなかった。

彼女は全てをうまく隠せると信じていた。しかし、昨夜、ほんの少し酒を飲んだだけで、自分の心を暴露してしまった。彼女は自分の能力を過大評価していた。

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鈴木和香が来栖季雄のベッドに潜り込んだことで、季雄がどれほど激怒したとしても、3日後、和香は『世の末まで』の制作スタッフから電話を受け、オーディションを受けることになった。

和香は自分の役が季雄の指示によるものなのか、『世の末まで』の監督の意向によるものなのかは分からなかった。彼女の役は劇中で頻繁に登場するわけではないが、かといって少ないわけでもない。重要な主役とは言えないが、取るに足らない脇役でもない。しかし、以前演じた役よりは何千倍も良い役だった。

不正な手段で得た役だったので、和香のオーディションは形式的なもので、オーディションが終わるとすぐに契約を結んだ。

3日後、和香は撮影に参加し、季雄も翌日、ローマに飛び、新しい映画の撮影に入った。

結婚して2ヶ月の二人は、一夜の過ちの後、それぞれの道を歩み始めた。

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3ヶ月後。

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3ヶ月に及ぶ撮影を経て、『世の末まで』は、東京郊外の撮影スタジオが借りた6億円の別荘でのシーンでクランクアップを迎えた。撮影スタッフ一同は大喜びで、特に『世の末まで』の監督は、嬉しさのあまり、携帯電話で帝国グランドホテルの最上階を貸し切り、撮影スタッフ全員を打ち上げに招待した。

『世の末まで』のクランクアップは午後3時。撮影スタッフは機材の片付け、俳優はメイクを落とし、着替えをする必要があったため、打ち上げは夜8時に設定された。

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最近ローマに滞在していた来栖季雄は、会社でちょっとしたトラブルが発生したため、撮影の合間の2日間の休みを利用して帰国した。

時間がなかったため、季雄は長時間のフライトの疲れを癒す間もなく、飛行機を降りるとすぐに成田国際空港から会社に向かった。

会社に到着すると、幹部たちが会議室で待っていた。季雄は水を飲む間もなく、会議を始めた。

会議は午後3時から6時まで続き、季雄がオフィスに戻ると、アシスタントもついてきた。「来栖社長、今夜12時にローマ行きの飛行機のチケットを予約しました。これなら、ローマに到着してから撮影まで15時間近く休めます」