鈴木和香は少し躊躇してから部屋に入った。台本を来栖季雄の前まで持っていくことはせず、リビングのテーブルに置いた。「台本はここに置いておきます」
鈴木和香は言い終わると、顔を上げて来栖季雄を見た。男は依然として元の姿勢のまま、寝室のドアに寄りかかって立っており、相変わらず話す気がない様子だった。
鈴木和香は今は物を届けたのだから、空気を読んで帰るべきだと分かっていた。その場に少し立ち止まってから、小声で「失礼します」と言った。
そして、振り返って出口へ向かった。
部屋の中は静まり返っていて、鈴木和香の軽い足音以外には何の音もなかった。しかし、鈴木和香がホテルの玄関に近づいた時、突然後ろから急ぎ足の音が聞こえてきた。
鈴木和香は来栖季雄が何かを取りに行くのだと思い、深く考えずに足を少し止めただけで、前に進み続けた。しかし、数歩も進まないうちに、突然横から手が伸びてきて、開いていた部屋のドアが勢いよく閉められ、「バン」という音が響いた。