紙が落ちる時に起こした微風が鈴木和香の頬を撫でた。彼女の長いまつ毛が微かに震え、目を開けると、すぐに男性の長く美しい指が紙の右下を指し示すのが見えた。淡々とした声で「ここにサインを」と言い残すと、更衣室へと入っていった。
鈴木和香は更衣室のドアが閉まるのを待ってから体を起こし、ベッドサイドテーブルの書類を手に取った。一目見ただけで、眉間にしわを寄せた。
それは契約書だった。化粧品のイメージキャラクターの契約書。
しかもその化粧品は世界的な高級ブランドで、国内では常にトップクラスの芸能人をイメージキャラクターに起用していた。
来栖季雄が彼女にサインを求めたということは、今年のこの化粧品のイメージキャラクターを彼女に任せるということなのだろうか?
鈴木和香にはまるで夢のように、どこか現実味がなかった。