その頃、大阪から奈良までは既に新幹線が開通していて、たった1時間の道のりだったので、鈴木和香はよく大阪の鈴木夏美を訪ねては、大阪には何も面白いものがないという口実で奈良に行き、そして奈良に着くと、QQで親しい友達のような口調で、冗談めかして来栖季雄にメッセージを送るのだった。「私と夏美が奈良にいるんだけど、私たちを食事に誘ってくれないの?」
来栖季雄は一度も断ることなく、毎回彼女たちがどこに泊まっているのか尋ね、そして来て、食事に連れて行ってくれた。
大学4年間で、鈴木和香は東京から大阪までの航空券、大阪から奈良までの新幹線切符、そして奈良から東京までの航空券を分厚く積み重ねていた。
その束に何枚のチケットがあるかは、彼女が来栖季雄に何回会ったかを表している……
いや、違う。そのチケットから3枚を引いた数が、彼女が彼に会った回数なのだ。
そう、3回奈良に行ったとき、彼は彼女に会わなかった。
最初に彼が彼女に会わなかった時も、いつも通り彼女は先に大阪に行ったのだが、事前に夏美に連絡していなかったため、夏美は友達とフランスに行っていて、大阪には彼女一人きりだった。
大阪では土地勘がなかったので、新幹線で奈良に向かった。以前は鈴木夏美がいたり、鈴木夏美と椎名佳樹がいたりしたが、今回は彼女一人きり。新幹線の中で、鈴木和香はずっと来栖季雄に会うための口実を考えていた。
しかし鈴木和香が口実を考え出す前に、口実の方から彼女の前に現れた。
ぼんやりしていたせいで、奈良東駅を出たときに、財布が盗まれていることに気付いた。
その時、無一文だった彼女は落ち込むどころか、むしろ財布を盗まれたことを幸運に思った。
彼女は来栖季雄にメールを送り、来栖季雄は彼女の居場所を尋ね、その場を動かないように言った。彼女は本当にその場で動かずに、おとなしく3時間近く待ち、ようやく来栖季雄が息を切らして駆けつけてくるのを見た。
その時の来栖季雄は時代劇の衣装を着ていて、それもかなりボロボロで汚れた衣装で、通行人が何度も振り返って見ていた。
タクシーに乗ってから、鈴木和香は来栖季雄が彼女のメールを受け取った時、大泉撮影所で撮影中だったことを知った。