第73章 人々を驚かせる演技(5)

来栖季雄はいつも素早く役に入り込み、また素早く役から抜け出すことができた。彼と共演した人たちは、撮影が終わると相手役と一言も交わさずに立ち去る彼の態度にもう慣れていた。

監督がカットを掛けるとカメラは撮影を止め、見物人たちは来栖季雄と鈴木和香のいる場所からある程度離れていたため、二人の間の微妙な様子に誰も気付かなかった。

監督は頭を下げて先ほどの撮影内容を確認し、すぐに立ち上がると、まず来栖季雄の演技を褒め称えた後、鈴木和香の方を少し感心したような目で見て、惜しみなく褒め始めた。「和香さん、今のシーンの演技は本当に素晴らしかった。私は来栖社長と長年仕事をしてきましたが、松本雫以外で彼の演技に付いていける人はほとんどいませんでした。それなのに、あなたは一発で成功し、しかもアドリブの演技が特に素晴らしかった。すごい、すごい!」

素のままの演技だから、良くないはずがない。鈴木和香は心の中の自嘲を押し殺し、監督に向かって軽く微笑んで「ありがとうございます」と言うと、メイク直しに向かった。

わざわざ鈴木和香の撮影を見に来た周りの人々は、今や皆一様に感心した表情を浮かべ、中には既にひそひそと褒め言葉を交わし始める人もいた。

「本当に驚いた。鈴木和香というニューフェイスの演技がこんなに素晴らしいなんて!」

「そうね。前回の食事会で来栖スターが、鈴木和香は実力でこの役を勝ち取ったって言ってたけど、本当だったのね。」

「和香さんは演技が上手いし、綺麗だし、今回は来栖スターとの共演もあるし、きっとすぐにブレイクするわね!」

林夏音は周りの絶え間ない称賛の声を聞きながら、遠くでメイク直しをしている鈴木和香の方を見つめずにはいられなかった。

思いもよらなかった。自分の役を横取りしたこの新人が、こんなに優れた演技力を持っているなんて。ただの経験のない新人だと思っていたのに、こんなに見事な演技ができ、しかも来栖スターの演技にも動じることなく、こんなに落ち着いて対応できるなんて!

みんなが言う通り、このままいけば鈴木和香のブレイクは時間の問題だ。

芸能界で何年も松本雫に押さえつけられてきた。これだけ長い間耐えてきて、やっと松本雫があまり仕事を取らなくなった今、自分が松本雫の後を継いで次の女優界の女王になれると思っていたのに、まさか鈴木和香なんて人物が現れるなんて!