来栖季雄の車は、すでに街中に入っていた。雨はまだ降り続いていて、相変わらず激しかったが、彼はもうこれ以上思い出すのが怖くなっていた。
松本雫の誕生日パーティーで、松本雫は彼に聞いた。鈴木和香は彼にとって何者なのかと。
彼は答えなかった。
もし今答えるとすれば……和香は……彼の愛してはいけない深い愛だった。
もし時が戻るなら、彼が今思い出したあの時に戻って、誰かが彼に聞いたら、鈴木和香は彼の誰なのかと。
彼は答えられただろう、和香は、私の深い愛だと。
でもほら、その深い愛の前に、一つの形容詞が加わった。愛してはいけない深い愛。
彼が彼女に気付いた時から、雨宿りで初めて出会った時、そして椎名佳樹を通じて知り合うようになって……そして最後にあの夜二人きりで過ごした時まで、彼はずっと自分をより良い人間になろうと努力していた。なぜなら彼は常々思っていた、人を愛するということは、自分の世界に相手を合わせるのではなく、相手の世界を守るために自分を高めることだと。
彼は十八歳で芸能界に入り、最初はスタントマンから始まり、その後目立たない端役をいくつかこなし、やっとの思いで三番手の役を得るまでに、四年半の時間を要した。
芸能界では、女性だけでなく男性も侮辱されることがある。特に彼のような端正な顔立ちをしていれば、女性だけでなく男性からも、金で囲おうとする輩が現れる。彼は普段から辛辣な物言いをする性格で、断る時に権力者の怒りを買うことも少なくなく、そのため圧力をかけられたり排除されたりすることも多かった。
その四年半は、彼にとって最も耐え難い時期であったが、同時に最も幸せな四年半でもあった。
どんなに辛いことがあっても、深く愛する人のために頑張っているのだと思えば、どんな苦労も厭わなかった。
最後に鈴木和香を奈良から見送る時、彼は当時持っていた数百円全てを彼女に渡した。その時、彼の新しいドラマがまもなく放送される予定で、二番手の役ではあったが、好感度の高い役柄だった。彼はその役で自分の市場価値を完全に開拓できると確信していた。だから空港で和香が保安検査の列に並ぶのを見送りながら、心の中で思っていた。次に彼女に会う時には、これまで何年も続けてきた片思いを、やっと両想いにできるのだと。
しかし、人生は多くの場合、思い通りには進まないものだ。