第106章 愛してはいけない深い愛(12)

来栖季雄の車は、すでに街中に入っていた。雨はまだ降り続いていて、相変わらず激しかったが、彼はもうこれ以上思い出すのが怖くなっていた。

松本雫の誕生日パーティーで、松本雫は彼に聞いた。鈴木和香は彼にとって何者なのかと。

彼は答えなかった。

もし今答えるとすれば……和香は……彼の愛してはいけない深い愛だった。

もし時が戻るなら、彼が今思い出したあの時に戻って、誰かが彼に聞いたら、鈴木和香は彼の誰なのかと。

彼は答えられただろう、和香は、私の深い愛だと。

でもほら、その深い愛の前に、一つの形容詞が加わった。愛してはいけない深い愛。

彼が彼女に気付いた時から、雨宿りで初めて出会った時、そして椎名佳樹を通じて知り合うようになって……そして最後にあの夜二人きりで過ごした時まで、彼はずっと自分をより良い人間になろうと努力していた。なぜなら彼は常々思っていた、人を愛するということは、自分の世界に相手を合わせるのではなく、相手の世界を守るために自分を高めることだと。