「うん」と鈴木和香は返事をして、さらに説明を加えた。「午後に身分証明書の再発行に行っていたから、電話するのを忘れてしまったの」
「うん」来栖季雄は彼女の真似をして、同じように「うん」と返事をした。しばらくして、電話の向こうで彼は言った。「もう遅いから、早く寝なさい。女の子は夜更かしはよくないよ」
今思えばごく普通の言葉だったけれど、当時の彼女には、その言葉の中に少しだけ彼の思いやりが感じられた。電話を切った後、来栖季雄は自分のことが好きなんだと、さらに確信を深めた。そして一晩中考えた末に、一つの方法を思いついた。それは来栖季雄に恋文を書くことだった。
当時の彼女の計画は完璧だった。恋文を書き終えて、次に奈良に行った時、来栖季雄と食事をしている時に、彼がトイレに立った隙を見計らって、その恋文を彼のコートのポケットにこっそり忍ばせた。
その恋文には、彼女の持てる限りの知恵を絞り尽くした。一週間以上かけてようやく、八百字の恋文を書き上げた。
時間が経ちすぎて、恋文に具体的に何を書いたのかはあまり覚えていないけれど、とても甘酸っぱくて感傷的な内容だったことは覚えている。その中には福山雅治の『言えない秘密』という曲の歌詞も引用していた:「最も美しいのは雨の日ではなく、あなたと雨宿りした軒先なのです」
そうそう、もう一つの言葉も。八文字で、今でもはっきりと覚えている。それは恋文の締めくくりの言葉で、何時間も考えに考え抜いて思いついた八文字だった:「生涯かけて、あなただけを」
最初は「生涯かけて、あなたが一番」にしようと思っていたんだけど、この恋文を読んで、他の人も好きだったのかと誤解されるのが怖くて、「一番」を「だけ」に変えた。書き終えてから、自分の恋文が本当に心を打つものになっているか試すために、わざわざ椎名佳樹に見てもらって判断を仰いだ。
椎名佳樹のお墨付きをもらった後、代官山の韓国文具店に行って、きれいな封筒と便箋を選んだ。便箋はピンク色で、深紅のハートがいっぱい散りばめられていて、封筒は薄い青色で、真ん中に真っ赤なハートがあしらわれていた。それから学校に戻って、下書きした恋文を丁寧に清書した。最後に封をする時には、香水まで振りかけた。