監督の声が響くと、来栖季雄は鈴木和香の体から何の躊躇もなく離れ、全身から先ほどの撮影時の優しさや柔らかさが消え、いつもの冷淡さと距離感だけが残った。彼はいつものように、撮影が終わるとそのまま立ち去った。
来栖季雄が松本雫の傍を通り過ぎる時、彼女は首を傾げ、惜しみなく大きな笑みを浮かべながら、意味深な言葉を投げかけた。「私たちの来栖大スターの演技は、本物と見分けがつかないほどですね!」
松本雫は「本物と見分けがつかない」という言葉を特に強調した。
来栖季雄は松本雫の言葉など全く聞こえなかったかのように、彼女を一瞥もせずに通り過ぎ、自分のアシスタントに淡々とした声で「メイクを落としに行く」と言い残し、率先して化粧室へと向かった。
来栖季雄が去って久しく、鈴木和香はまだぼんやりとソファに横たわっていた。馬場萌子が駆け寄って声をかけるまで、やっと我に返り、魂が抜けたような様子で立ち上がり、馬場萌子と共に更衣室へと向かった。