監督の声が響くと、来栖季雄は鈴木和香の体から何の躊躇もなく離れ、全身から先ほどの撮影時の優しさや柔らかさが消え、いつもの冷淡さと距離感だけが残った。彼はいつものように、撮影が終わるとそのまま立ち去った。
来栖季雄が松本雫の傍を通り過ぎる時、彼女は首を傾げ、惜しみなく大きな笑みを浮かべながら、意味深な言葉を投げかけた。「私たちの来栖大スターの演技は、本物と見分けがつかないほどですね!」
松本雫は「本物と見分けがつかない」という言葉を特に強調した。
来栖季雄は松本雫の言葉など全く聞こえなかったかのように、彼女を一瞥もせずに通り過ぎ、自分のアシスタントに淡々とした声で「メイクを落としに行く」と言い残し、率先して化粧室へと向かった。
来栖季雄が去って久しく、鈴木和香はまだぼんやりとソファに横たわっていた。馬場萌子が駆け寄って声をかけるまで、やっと我に返り、魂が抜けたような様子で立ち上がり、馬場萌子と共に更衣室へと向かった。
先ほどのシーンは確かに素晴らしい出来栄えで、馬場萌子は思わず鈴木和香と来栖季雄を褒め始めたが、鈴木和香は一言も耳に入っていなかった。頭の中は来栖季雄が撮影時に自分を見つめた眼差しや、彼からのキス、そして彼が言った言葉で一杯だった……
彼女の唇には、まだ彼のキスの残り香と温もりが残っていた。
鈴木和香は思わず手を伸ばし、自分の唇に触れ、頬が少し赤くなった。
鈴木和香と馬場萌子が化粧室に入ろうとした時、来栖季雄はちょうどメイクを落とし、私服に着替えて出てきたところだった。
鈴木和香はまだ先ほどの撮影シーンの余韻に浸っていたが、馬場萌子が「来栖社長」と呼ぶ声を聞いて顔を上げ、化粧室から出てくる来栖季雄を見た。既に赤くなっていた彼女の頬は、さらに紅潮した。彼女も「来栖社長」と声をかけた。
来栖季雄は表情一つ変えず、足取りも緩めることなく歩き続けた。鈴木和香は来栖季雄が自分の傍を通り過ぎる時、彼を見つめた。彼は彼女の視線に気付いたのか、わずかに彼女の方を見やったが、その眼差しには何の感情もなく、まるで彼女が全く無関係な他人であるかのように、表情を変えることもなく通り過ぎていった。