鈴木和香は答えた。「追突事故があったの」
来栖季雄は和香の言葉に合わせて、落ち着いた様子で尋ねた。「怪我はなかった?」
「大丈夫」和香は瞬きをして、季雄が見つめていた方向に目を向けた。向こう側の灯台がこの角度から見ると、まるで夢の中の景色のように美しかった。
和香はしばらく見とれていたが、季雄の背中の怪我を思い出し、静かな声で尋ねた。「あなたは?」
「ん?」季雄は問い返した。
「背中の怪我は?よくなった?」
「治った」季雄の声は感情の読み取れないほど淡々としていた。
和香は少し黙った後、季雄が椎名佳樹のために自分を助けてくれたことを思い出し、まだ一度も感謝を伝えていなかったことに気づいた。そこで優しく言った。「ありがとう」
季雄は和香が何に対して感謝しているのか分かっていた。彼は何も言わず、和香を見ることもなく、両手をポケットに入れ、優雅な姿勢で傍らに立ち、静かに遠くの灯台を見つめていた。唇の端にかすかな笑みを浮かべ、長い時間が経ってから、ようやく「どういたしまして」と答えた。