鈴木和香は答えた。「追突事故があったの」
来栖季雄は和香の言葉に合わせて、落ち着いた様子で尋ねた。「怪我はなかった?」
「大丈夫」和香は瞬きをして、季雄が見つめていた方向に目を向けた。向こう側の灯台がこの角度から見ると、まるで夢の中の景色のように美しかった。
和香はしばらく見とれていたが、季雄の背中の怪我を思い出し、静かな声で尋ねた。「あなたは?」
「ん?」季雄は問い返した。
「背中の怪我は?よくなった?」
「治った」季雄の声は感情の読み取れないほど淡々としていた。
和香は少し黙った後、季雄が椎名佳樹のために自分を助けてくれたことを思い出し、まだ一度も感謝を伝えていなかったことに気づいた。そこで優しく言った。「ありがとう」
季雄は和香が何に対して感謝しているのか分かっていた。彼は何も言わず、和香を見ることもなく、両手をポケットに入れ、優雅な姿勢で傍らに立ち、静かに遠くの灯台を見つめていた。唇の端にかすかな笑みを浮かべ、長い時間が経ってから、ようやく「どういたしまして」と答えた。
和香は季雄の遅れてきた「どういたしまして」を聞いて、何も言い返さなかったが、白い欄干に両手をついて、頭を上げ、灯台の一番上で一番明るく輝く灯りを見つめながら、目を細めて笑った。
夜風は穏やかで、灯りは煌めき、静けさに包まれていた。二人は言葉を交わさなかったが、心の中には言い表せない幸せと満足感が漂っていた。
しばらくして、季雄は遠くから視線を戻し、淡々と言った。「そろそろ撮影が始まる。行こう」
和香は頷いて、先に身を翻した。
季雄は和香の後ろをゆっくりと歩いた。
二人は前後して歩き、多くを語らなかったが、その蛇行する石畳の道は、二人の心にときめきの美しさを残していった。
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撮影現場に戻ると、和香は田中大翔と鈴木夏美が既に街から戻っていることを知った。
すぐに撮影が始まるため、監督が撮影のポイントを説明するために彼らを呼んでいたので、和香は夏美と挨拶する時間もなかった。
夏美は元々田中大翔とこの作品の撮影が終わった後、大翔の空き時間にどこかへ遊びに行く話をしていたが、和香と季雄が前の林から一前一後に出てくるのを見て、表情が一瞬凍りついた。大翔との会話を続ける気力が急激に減り、しばしば上の空になり、時には完全に気が散って、大翔の話を全く聞いていなかった。