「奥様もお早めにお休みになってくださいね」千代田おばさんが一言言い残して、自分の寝室へ戻っていった。
リビングには再び鈴木和香一人が残された。彼女はしばらくテレビを見つめた後、壁の時計を見た。もう11時半近くなのに、来栖季雄はまだ帰ってこない。
あと30分で、彼の誕生日になるのに……
鈴木和香は下唇を噛みながら、脇に置いていた携帯電話を手に取った。来栖季雄に電話をして、今夜帰ってくるのかどうか聞きたかった。でも、電話番号を見つけた時、前回は彼を呼び戻す口実があったけど、今回は?
最近の日々は幸せで、まるで自分が彼の妻であるかのような錯覚を感じていた。でも、それはただの錯覚に過ぎない。いつかはこの夢から覚めなければならない。
鈴木和香は唇を引き締め、携帯電話を下に置き、膝を抱えてソファに座り込んだ。心ここにあらずの様子でテレビを見つめていたが、何が放送されているのかまったく分からなかった。
12時になり、リビングの大きな時計が鳴り始めた。鈴木和香はようやく少し凝り固まった体を動かした。もう金曜日、彼の誕生日になったのに、まだ帰ってこない。
鈴木和香は唾を飲み込み、しばらくぼんやりとした後、携帯電話を手に取った。指を噛みながらしばらく迷った末、画面にメッセージを打ち込んだ。来栖季雄宛てのたった四文字:お誕生日おめでとう。
鈴木和香は下唇を強く噛みながら、送信しようとした瞬間、外から車の音が聞こえてきた。
彼女は急いで携帯電話を置き、立ち上がった。リビングの窓越しに、外で車のライトが光るのが見えた。
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来栖季雄はオフィスの窓際に立ち、煙草を次々と吸い続けた。箱が空になってようやく長い息を吐き出し、空箱をゴミ箱に投げ入れた。しばらくその場に立ち尽くした後、車のキーを手に取りオフィスを出た。
地下駐車場から出る時、来栖季雄は時計を見た。すでに11時で、さっき雷雨が降ったため、地面の低い所所々に水たまりができていた。
来栖季雄は車を走らせ、東京都内をあてもなく回っていた。実は青葉別荘に行きたかったが、途中で思い出した。青葉別荘で鈴木和香との関係が良くなったことを思い出すと、胸が締め付けられるような苦さが込み上げてきて、車を転回させ、都内に戻った。