来栖季雄は今、まるで夢を見ているかのように感じていた。静かで優美な姿で立ち尽くし、そのタイピンを見つめたまま、まるで時が止まったかのように、しばらくしてから顔を上げ、鈴木和香に向かって、少し掠れた声で「ありがとう」と言った。
鈴木和香は微笑み、書斎の明るい光の下で、その表情はより一層愛らしく柔らかく見えた。「どんなプレゼントが好きか分からなかったから、私の好みで選んでみたの。気に入ってくれるかしら」
「気に入った」来栖季雄は躊躇なく答えた。彼は箱の中のタイピンをもう一度見つめ、そっと大切そうに箱を閉じ、再び口を開いた。「とても気に入った」
鈴木和香は笑顔を絶やさず、その目元には安堵の色が浮かんでいた。
来栖季雄は指で静かに箱を撫でながら、花のように美しい鈴木和香の顔を見つめ、普段は他人に心情を見せることを好まない彼の表情から冷たさが消え、ふと「もう何年も誕生日プレゼントをもらっていなかった」と漏らした。
その一言で、鈴木和香の笑顔が徐々に消えていった。彼女は先日、書斎の外で聞いた来栖季雄の「それに、私の誕生日なんて祝う必要もない」という言葉を思い出した。今と同じように、淡々とした口調の中に、どこか悲しみが滲んでいた。
彼女の記憶の中で、椎名佳樹の誕生日には来栖季雄がいつも出席していたのに、自分の誕生日は一度も祝ったことがなかった。鈴木和香は心の中の疑問を抑えきれず、尋ねた。「誕生日を全然祝わないの?」
「うん」来栖季雄は口を開かず、ただ声を出しただけだった。しばらくして、ゆっくりと「母が亡くなってから、もう誕生日は祝っていない」と言った。
来栖季雄はそれを何気なく言ったが、鈴木和香は何故か、その言葉を聞いて胸が鋭く痛んだ。
彼女は来栖季雄と椎名佳樹が異母兄弟であること、そして来栖季雄の母が早くに亡くなったことは知っていた。しかし、それ以外のことは何も知らなかった。
来栖季雄と同い年の椎名佳樹が彼の誕生日を知らないとしても、父親の椎名おじさんは知っているはずだ...たとえ隠し子であっても、椎名おじさんの血を引く子供なのだから、椎名佳樹のように派手な誕生パーティーは無理でも、せめて一つのプレゼントや一言の祝福くらいはあってもいいはずでは?
鈴木和香は唇を動かし、「じゃあ、椎名おじさんは?誕生日を祝ってくれないの?」と尋ねた。