来栖季雄は眉間にしわを寄せ、頭の中に稲妻のように、様々な思いが駆け巡った……
あの朝のことをはっきりと覚えていた。鈴木和香は特にひどい吐き気に苦しんでいて、当時は単純に胃の調子が悪いだけだと思い込み、強引に病院へ連れて行こうとしたが、車に乗った途端、赤嶺絹代から椎名佳樹に反応があったという電話を受けた……
あの日以降、鈴木和香の吐き気は徐々に収まっていった。その時は胃の調子が良くなったのだと思い、心配も解消された……
しかし今になって考えると、鈴木和香は胃の病気など一度もなく、あの吐き気は妊娠悪阻だったのだ。胎児を失った後、妊娠反応も自然と消えていった。
「来栖社長?」千代田おばさんは、階段に立ち尽くし、黙って居間の床置きランプを見つめる来栖季雄の様子を見て、何を考えているのかわからず、思わず声をかけた。
来栖季雄は我に返り、表情にはさほど変化もなく、いつもと同じように感情のない淡々とした口調で言った。「いいよ、奥様にミルクを温めるだけでいい。一時間前に夕食を食べたばかりだから、もう食べられないだろう」
「はい、来栖社長」
来栖季雄は頷いただけで、何も言わなかった。
千代田おばさんは手早くキッチンへ向かった。
来栖季雄の視線は再び先ほどまで見つめていた床置きランプに落ちた。
千代田おばさんはミルクを温め終わり、キッチンから出てくると、来栖季雄がまだ階段の五段目に立っているのを見た。階段の薄暗いクリスタルライトが彼の顔に落ち、その端正な顔立ちをより一層引き立てていた。
千代田おばさんは少し驚いて「来栖社長?まだここにいらっしゃるんですか?」
「ああ」来栖季雄は淡々と応え、千代田おばさんの手にあるミルクのカップを見て、手を伸ばした。「私が持っていこう」
千代田おばさんは急いでそれを手渡した。
来栖季雄は階段を上がり、寝室に戻ると、鈴木和香はベッドでテレビを見ていた。ドアの開く音を聞いて、彼の方をちらりと見ただけで、すぐに視線をテレビの画面に戻した。
来栖季雄はベッドの側まで歩み寄り、ミルクを差し出した。「千代田おばさんが今温めたところだ」