翌日は、鈴木和香と来栖季雄が撮影現場に戻る日だった。今回は撮影が終わるまでずっと現場にいることになるので、和香は小物を多めに持っていた。千代田おばさんは彼女が大小の荷物で手間取っているのを見て、スーツケースにまとめてくれた。
馬場萌子が先に桜花苑に和香を迎えに来て、スーツケースは季雄が階下まで運び、別荘の玄関まで引きずって、トランクに入れた。
和香は車のドアを開けたが、すぐには乗り込まず、まず千代田おばさんに別れを告げ、それから季雄に薬を飲むのを忘れないよう注意を促した。しかし、二言三言言い終わらないうちに、季雄のアシスタントも車で到着したので、和香は季雄に言おうとしていたことを、最初から最後までアシスタントに繰り返して説明した。
アシスタントは恭しく聞きながら、「はい、君、承知いたしました。ご安心ください」と何度も言った。
和香は言うことがなくなるまで念を押し、やっと車に乗り込んで、外の人々に手を振った。馬場萌子は車を発進させ、その場を離れた。
『傾城の恋』というドラマは、冬休みシーズンを狙っていたため、後編集と宣伝に十分な時間を残すために、二十日以内に撮影を終える必要があった。そのため、撮影スケジュールはかなり詰まっており、ほぼ一日中、全ての俳優が撮影現場に待機し、ほとんど休む時間もなかった。以前は撮影のない時は環映メディア株式会社にいた季雄も、今では毎日撮影現場にいて、撮影のない時間でもメイクをしたまま休憩椅子に座って書類を処理している姿がよく見られ、時にはノートパソコンを抱えて会社の幹部とビデオ会議をしているところも何度か和香は目にした。
睡眠時間以外は、食事か撮影現場にいるかのどちらかで、噂を立てられないように、和香と季雄の接触時間は比較的少なかった。しかし、同じ現場で二ヶ月以上過ごし、共演者同士なので、顔を合わせて話をすることはあった。ただ、自宅にいる時のような親密な接触はなかった。