第362章 椎名佳樹が目覚めた（2）

来栖季雄は鈴木和香の言葉を聞いて、心の中の苦しみを必死に抑え込み、最も平然とした表情を保ちながら、椎名佳樹に向かって声をかけた。「佳樹」

椎名佳樹は来栖季雄の目を見つめ、その瞳には依存の色が染み込んでいた。まるでこれほど長い昏睡状態でも、この世で唯一の兄への感情には全く影響がなかったかのように。彼は懸命な努力をして、やっと一言を発した。「兄さん」

椎名佳樹は目覚めたばかりで話すのも困難で、来栖季雄は寡黙な性格だったため、病室の中では鈴木和香だけが絶え間なく話し続けていた。ただし、和香の話のほとんどは佳樹に向けられたものだった。

佳樹が昏睡状態だった数ヶ月の間に起きた出来事や、事故当時の状況などを話していた。

鈴木和香にとって、この世界で大切な友人が死の淵から生還したことは、本当に嬉しく心躍る出来事だった。

時として、何気ない普通のことでも、特別な関係があることを知ってしまうと、つい余計なことを考えてしまうものだ。

そのため、鈴木和香の喜びと興奮は、来栖季雄の目には別の意味を持って映った。特に和香が「佳樹兄」と呼ぶたびに、季雄の胸の内で嫉妬の炎が燃え上がった。

鈴木和香が佳樹に「佳樹兄、早く良くなってね。そのうち私の新しいドラマが放送されるの。前に佳樹兄が、私がドラマに出たら一番の熱心な視聴者になってくれるって約束してくれたでしょう...」と言った時、来栖季雄はついに耐えきれなくなり、「ちょっとトイレに」と言って病室を出た。

今夜になって初めて、二人の会話を見ていて気づいた。彼らの間にはこんなにも多くの約束があったのだと。

椎名佳樹は反応が鈍かったものの、和香がドラマの話をした時、目に感情の揺らぎが見えた。頭の中に「松本雫」という三文字が浮かび、胸の中で言い表せない怒りが渦巻いた。

椎名佳樹は初めて目覚めたばかりで、長い昏睡状態で体力も消耗していたため、しばらくすると疲れが見え始め、ゆっくりと目を閉じて深い眠りについた。

鈴木和香は佳樹の布団をかけ直し、振り返って看護師に佳樹の世話について細かく指示を出してから、自分のバッグを手に取り病室を出た。

-