来栖季雄は軽く口角を上げただけで、声を出さなかった。部屋の中は静かで、床に置かれたろうそくが燃える微かな音が聞こえるほどだった。しばらくして、来栖季雄はようやく口を開いたが、鈴木和香の名前を呼んだだけで言葉を止めた。「和香……」
鈴木和香は不思議そうに目を上げ、来栖季雄を見つめた。「うん?」
来栖季雄は複雑な眼差しで鈴木和香を見つめていた。実は、自分が好きな人は彼女だと伝えたかったが、それを言ってしまえば友達としての関係さえも失うかもしれないと恐れていた。
完全な喪失を経験したからこそ、同じ過ちを繰り返したくなかった。彼女のいなかったあの五年間は、あまりにも虚しく無力な日々だった。
来栖季雄の心は混乱の渦中にあった。しばらくして、咳払いをしてから言った。「君は誰からも愛される価値のある素晴らしい女性だよ。」
これは鈴木和香が来栖季雄から初めて聞いた、こんな褒め言葉だった。彼から漂う微かな香りを嗅ぎながら、突然心の中で衝動が湧き上がってきた。本当に自分は愛される価値があるのか、聞いてみたかった。そんなに愛される価値があるなら、彼はどうなのか?なぜ彼は自分を愛してくれないのか?
その衝動のままに、鈴木和香は来栖季雄の名前を口にした。
しかし、真剣な眼差しで自分の言葉を待っている来栖季雄を見ると、それ以上質問を続ける勇気が出なかった。
今の二人の関係は、知り合って以来最も素晴らしい時間だった。一度口を開けば、この美しい夢が終わり、悪夢が始まることを恐れていた。
結局のところ、彼が自分のことを愛される価値のある女性だと言っても、それは彼が愛するということを意味しているわけではなかった。
鈴木和香は言葉を飲み込み、最後は軽く「おやすみなさい」と言うだけだった。
しばらくして、来栖季雄の声が彼女の頭上から聞こえてきた。同じ言葉で:「おやすみ。」
その後、二人は会話を交わすことなく、目を閉じて眠りについたように見えた。しかし、他人には見えない心の中で、それぞれが誰にも知られていない秘密の想いを抱えていた。
皮肉なことに、その秘密の想いとは、彼が彼女を愛し、彼女が彼を愛しているということだった。
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昨夜どうやって眠りについたのか、鈴木和香には全く記憶がなかった。次に目を覚ました時には、すでに午前11時で、来栖季雄は寝室にはいなかった。