鈴木和香は来栖季雄の顔を見る勇気がなく、ただうつむいたまま、長い髪で自分の顔を隠していた。
何度も目が熱くなりそうになったが、その度に押し殺してきた。髪が乾くまで待ち、深く息を吸い込んでから、髪を適当に結び、普段通りの声で言った。「千代田おばさんに晩ご飯ができたか見てきます」
そう言って寝室を出た。
鈴木和香がキッチンに行くと、千代田おばさんは既に料理を作り終えていて、強火でスープを煮込んでいた。鍋からはぐつぐつと音が聞こえ、千代田おばさんはゴミ箱の前でしゃがみ、にんにくの皮を剥いていた。和香が来るのを見ると、すぐに声をかけた。「奥様、もうすぐ晩ご飯の用意ができますので、来栖社長に手を洗って来ていただくようお伝えください」
鈴木和香は軽く頷き、コンロの前に歩み寄って、首を伸ばしてスープを覗き込んだ。スペアリブとコーンが見えているのに、あえて尋ねた。「何のスープですか?」
千代田おばさんは答えた。「コーンとスペアリブのスープです」
「いい匂いですね」和香は褒めたが、スープの湯気のせいなのか、涙が二粒ぽとぽとと土鍋の中に落ちた。
鈴木和香は慌てて手を上げ、涙を拭った。千代田おばさんが気付く前に「呼んできます」と言い残し、キッチンを出た。
和香は二階には上がらず、二階の寝室の開いたドアに向かって「ご飯です」と一声かけただけで、一階の共用バスルームに入った。ドアに鍵をかけ、洗面台の前に立つと、鏡に映る自分の目が真っ赤になっているのが見えた。
実は泣きたくはなかったのに、涙が止まらずに流れ続けた。そのとき、バスルームのドアがノックされ、来栖季雄の声が聞こえた。「和香?」
鈴木和香は目を閉じて深く息を吸い、ドアの外に向かって「すぐ行きます」と声をかけた。水道の蛇口をひねり、手に水を受けて顔にかけ、一分ほど静かに待った。感情が落ち着いてから水を止め、近くのタオルで顔を拭いて出て行った。
ダイニングでは、来栖季雄がいつもの席に座り、千代田おばさんがスープを注いでいた。和香が入ってくるのを見ると、親切にも椅子を引いてくれた。
鈴木和香は来栖季雄の向かいに座り、千代田おばさんからスープを受け取り、小さな声で「ありがとう」と言って、うつむいてスープを飲み始めた。