「別に何も問題ないって言ったのに、病院で無駄な時間とお金を使っちゃって」鈴木和香は甘えた声で、少し不満げにぶつぶつと呟いた。検査結果の用紙をさっと見て、それを丸めて自分のバッグに入れた。顔を上げると、来栖季雄の財布が入ったズボンのポケットに目をやり、「どうしてそんなに長く中にいたの?」と尋ねた。
来栖季雄は表情を変えることなく、平然と答えた。「医師が用事があって、電話を受けていたんだ」
「ふーん」鈴木和香は信じているような様子で、来栖季雄とエレベーターの方へ向かった。
病院を出て、鈴木和香と来栖季雄はタクシーを拾った。運転手が行き先を尋ねると、鈴木和香が先に「桜花苑」と答えた。
運転手が応じて車を発進させると、鈴木和香は来栖季雄の方を向いて言った。「車で来てないし、今から撮影現場に戻るのは不便だから、一旦家に帰りましょう。明日早く起きて現場に戻れば良いわ」