椎名佳樹は一瞬立ち止まり、振り向いて、配達員が読み上げる品物を聞き続けた。「セロリ1斤、スパイス1袋、醤油、酢、塩各1袋、唐辛子2斤……」
「お客様、ご注文の品は全て揃っております」配達員は言いながら、買い物リストを椎名佳樹の前に差し出した。「恐れ入りますが、こちらにサインをお願いします」
椎名佳樹はペンを受け取り、スムーズにサインをした。配達員が去るのを待ち、玄関先に30秒ほど立ち尽くした後、玄関に積まれた荷物をそのままに、隣の別荘へと歩み寄った。
椎名佳樹はインターホンを押し、両手をポケットに入れたまま外で待っていた。しばらくして扉が開き、椎名佳樹は笑顔を浮かべながら「兄さん」と呼びかけた。
来栖季雄はインターホンが鳴った時、誰だろうと思っていたが、扉を開けると満面の笑みを浮かべた椎名佳樹がいた。彼は一瞬躊躇してから、軽く頷いた。
椎名佳樹は来栖季雄の性格に慣れていたので、まったく気にせず笑顔を保ったまま言った。「兄さん、今日夏美たちを家に招いて食事するんですが、後で一緒に来ませんか?」
来栖季雄は椎名佳樹の別荘を見やり、朝目覚めた時に窓越しに見た、スーツケースを引いて隣家に入っていく鈴木和香のことを思い出した。しばらくして唇を動かし、ただ一言「いいよ」と答えた。
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鈴木和香と椎名佳樹は婚約を解消することで合意していたが、解消される前は表向き夫婦である以上、来栖季雄の別荘から引っ越した鈴木和香は鈴木家には戻れず、かといって椎名家の本邸で椎名佳樹と同室になるのも嫌だったため、考えた末、結局桜花苑に戻ることにした。ただし今回は来栖季雄の別荘ではなく、椎名佳樹の別荘に住むことになった。
しかし、海外での広告撮影が急だったため、鈴木和香は荷物を椎名佳樹の別荘に置いただけで、慌ただしくスケジュールをこなしに出発した。
パリから東京までの長時間フライトで全身が疲れ果てていたため、今朝東京に着くとすぐに桜花苑で仮眠を取ることにした。
午後になって、鈴木和香は下階から話し声が聞こえてきたような気がした。最初は夢かと思い、寝返りを打って目を閉じたまま眠り続けようとしたが、下階の騒がしい声はますます明確になってきた。そこでベッドから起き上がり、パジャマ姿のまま寝室を飛び出し、階段を降りていくと、ちょうどリビングに数人が座って談笑している様子が目に入った。