まして、結婚指輪なんて、たいしたことないでしょう?
大したことじゃないわ。誰が結婚には指輪が必要だって決めたの!
彼女と来栖季雄は特別なのよ!
しかし、どんなに自分を慰めようとしても、心の中では少し寂しく感じていることは分かっていた。
でも、今は彼の一言で、心がとても温かく、幸せな気持ちになっていた。
「来栖季雄、私、午後ちょっと言い過ぎちゃった?」
「もっと言い過ぎてくれても構わないよ」
なんて素敵な会話。
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夕食を済ませ、来栖季雄が店員に会計を頼んだ時、突然何かを思い出したように鈴木和香に手を差し出して「携帯」と言った。
鈴木和香は最初は理解できずに目を瞬かせたが、すぐに我に返り、急いでバッグから携帯を取り出して来栖季雄に渡した。
来栖季雄はそれを受け取り、素早く指を動かして何かを入力し、鈴木和香に返した。「これから何かあったら、この番号に電話して」
鈴木和香は「うん」と答え、携帯を受け取った。アメリカの番号を見て眉をひそめ、顔を上げて尋ねた。「国内にいるのに、国内の番号に変えないの?」
来栖季雄は店員から渡された伝票を受け取り、ペンを持ちながら署名しつつ答えた。「しばらくしたら新しい番号を作る。その時また教えるよ」
「どうして新しい番号が必要なの?」鈴木和香は不思議そうに聞き返した。「前の携帯番号じゃダメなの?再発行して開通すればいいじゃない?」
前の携帯番号...来栖季雄はその言葉を聞いた瞬間、署名する動作が明らかに一瞬止まった。彼の表情が少し冷たくなったが、それはほんの一瞬で、すぐに我に返って署名を続けた。ただし、ペンの動きは明らかに先ほどほど滑らかではなかった。
署名を終えると、彼はペンと伝票を横に立っている店員に渡し、そばに掛けてあった上着を取ると、淡々とした口調で「行こう」と言って、先に個室を出た。
来栖季雄はどうして急に不機嫌そうになったのだろう?私は別に何も間違ったことを言ったわけじゃないのに...
鈴木和香は一人で席に座ったまま、しばらくぼんやりとしていたが、やがてバッグを手に取り、個室を出た。