遠大なる未来を掴む

車はゆっくりと鈴木邸へと戻ってきた。

鈴木知得留は、重扉をくぐり、見慣れたホールに足を踏み入れた時、永遠にも似た、不思議な感覚に包まれた。

午後の柔らかな日差しが窓を通して差し込む中、父の山は書斎で仕事、弟は学校、そして継母はエステに出かけている。広大な邸には、幼い頃から仕える使用人たちだけが残り、知得留の帰宅に恭しく声をかけた。彼女は小さく微笑み、返事をすると、自分の部屋に戻り、懐かしいベッドにそっと身を横たえた。

目を閉じ、ただ時の流れに身を任せていた。

前世では、継母の根岸史子(ねぎし ふみこ)とその息子と娘が、よからぬ企みを胸に秘めていた。今世こそは、その報いを受ける時だ。

そんなことをぼんやりと考えているうちに、知得留はいつしか、柔らかなまどろみの中に落ちていった。

ふと目を開けると、そこは確かに6年前の世界だった。

知得留は、大きく伸びをすると、清々しい気持ちで部屋を出た。窓から差し込む光が、希望に満ちた未来を照らしているようだった。

ホールでは、父が帰宅し、弟も学校から戻ってきていた。史子もエステを終え、佐伯はといえば、選んだばかりのドレスを、うっとりと眺めている。家の中は、いつも以上に華やいだ、幸せな雰囲気に満ちていた。

いつだったか、こんな大家族に心から安らぎを覚えたこともあった。

母が早くに亡くなり、わずか8歳の知得留と5歳の弟が、家の中は深い悲しみに沈んでいた。1年後、母の親友だった根岸史子が根岸佐伯を連れて現れ、この家に温もりと光をもたらしてくれたのだ。そんな時、幼い心に、感謝の念さえ抱いていた。

……だか今は、心の底を言葉では言い表せない、複雑な感情が駆け抜ける。

知得留は人々の中へと歩み寄り、父の鈴木山の元へ駆け寄ると、その首にそっと腕を回した。「お父様……」

こんなふうに甘えるのは、いつぶりだろう。強引に婚約を破棄して以来、父と娘の間には気まずい空気が流れ、言葉を交わすことさえ少なくなっていた。

鈴木山は驚いたように目を見開き、愛娘を見つめた。「どうしたんだい、知得留。急にそんなに甘えたりして。何か、とびきり嬉しいことでもあったのかい?」

「ええ、もちろん」知得留は笑った。「最高のプレゼントを、神様からいただいたの」

生まれ変わることができた。これ以上の幸運があるだろうか。

「明日は佐伯の誕生日でしょう?嬉しいことじゃない」知得留は、わざとらしく言った。

鈴木山の隣に腰かけていた根岸史子が、優雅な仕草で、柔らかな声で口を挟む。「知得留と佐伯がこんなに仲が良いなんて、本当に前世でよっぽど徳を積んだんでしょうね」

鈴木山は頷いた。「君のおかげでもあるよ、史子。これまで、この家を本当によく守ってくれた。感謝してもしきれない」

「苦労だなんて、そんな……私はただ、幸せなだけよ。あなた様と結婚して、蘭香姉様の代わりに知得留と友道を育てることができて、本当に感謝しています。……もう、そんなこと言ったら、私、本気で怒りますわよ」史子は、心の底からそう言っているように見えた。

「ああ、そうだったな。すまない」山は、優しく微笑んだ。

ここ数年、父は本当に史子の言うがままだった。

佐伯も、ここぞとばかりに調子を合わせる。「私も、この家族の一員になれて本当に幸せです。お父様、お母様、お姉さん、弟……。こんなに満たされた気持ち、他にないわ」

知得留は、心の中で冷笑を浮かべた。

「そうだわ、お姉さん。お姉さんのドレスも選んでおいたんですの。今、お持ちしますね」佐伯は、屈託のない笑顔で言った。午後の出来事など、まるでなかったかのように、無邪気に振る舞っている。

知得留は、佐伯から差し出された、美しいリボンのかかった箱を受け取った。どうせ、佐伯を引き立てるための、地味でつまらないドレスに違いない。彼女は「ありがとう」とだけ、感情を込めずに言った。

佐伯は、一瞬きょとんとした。今の知得留は、以前とはどこか違う。けれど、それが何なのか、うまく言葉にできない。佐伯は、小さな違和感を胸の奥にしまい込み、平静を装った。

鈴木家のホールは、いつもと変わらぬ笑い声に満ちていた。

夕食を終え、皆がそれぞれの部屋へと戻っていく。

知得留は自室でしばらく過ごした後、そっとキッチンへ向かった。そこでは、使用人が、案の定、父のためにホットミルクを用意している。これは、史子が長年かけて習慣づけたことだった。

「お嬢様」使用人は、すぐに恭しく頭を下げた。

「それ、お父様のですか?」

「はい、そうでございます」

「私が持っていくわ」

「いつもは奥様がお持ちになるのですが……」使用人は、戸惑ったように言った。

「いいから、私が」知得留は、有無を言わさずミルクを受け取った。

もし間違っていなければ、これはもう、ただのミルクではない。根岸史子の手によって、何かが混入されているはずだ。

知得留は、ミルクを手に父の部屋へと向かい、ノックした。

中では、史子がちょうど父をベッドに寝かしつけたところだった。ドアを開け、知得留の姿を目にすると、少し驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。「あら、知得留」

「こんばんは、お義母様。お父様にミルクを持ってきたんですの」

「ちょうど私が持って行こうと思っていたところよ。さあ、私にちょうだい」史子は、顔色一つ変えずに言った。

「いいえ、私が直接渡しますわ」知得留は、史子に拒む隙を与えず、部屋の中へと入っていった。

史子の表情が一瞬強張ったが、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻った。

知得留は、父にミルクを手渡した。

鈴木山は、それを受け取ると、少し照れくさそうに笑った。「珍しいこともあるもんだな」

「この間、少しばかり親不孝をしてしまいましたから……少しは罪滅ぼしをしないと、ね」知得留は、甘えるように言った。「お父様を悲しませてばかりでしたでしょう?」

「もう気にするな、知得留。史子は、いつも君のことを褒めてくれているよ。……冬木空のことが好きになれないのは、仕方がない。それに、彼の状況を考えれば、君が彼と結婚するのは、君の人生を不幸にすることになりかねない。今日の一件で、冬木家からも連絡があった。後日、私がきちんと謝罪に行くつもりだ。……君は、私にとって何よりも大切な宝物なんだ。私が、君をどうこうできるわけがない」

そう、父は昔から知得留を溺愛してきた。母の愛に飢えていると思い込み、過保護なほどに甘やかしてきたのだ。

冬木空との縁談も、親同士が決めたこと。鈴木山は、知得留に負い目を感じていた。だから、知得留のわがままは、ほとんど何でも許してきた。

「ありがとう、お父様」知得留は、父がミルクを飲み干すのを見届けてから、言った。「じゃあ、私はもう休むわ。お父様も、おやすみなさい」

「ああ」山は頷いた。「おやすみ、知得留」

知得留は父の部屋を出ると、今度は弟、鈴木友道の部屋へと向かった。静かにドアを開ける。

19歳の友道は、少しむっとした顔で言った。「ちょっと、お姉さん。僕はもう子供じゃないんだから、入る前にノックくらいしてくれないかな」

知得留は部屋には入らず、ドアにもたれたまま言った。「……生きてるあなたに会えて、本当に良かったわ」

血まみれで冷たくなった弟の姿を、もう二度と思い出したくはなかった。あの悪夢のような光景は、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

「お姉さん、一体何の話をしているの?」友道は、訳が分からないそうに尋ねた。

「何でもないの。……おやすみなさい」

知得留は、そう言って弟の部屋のドアを閉めた。

この瞬間から、知得留は心に誓った。弟には、田村厚など足元にも及ばない、輝かしい未来を歩ませる。必ず、この手で。