第86章 冬木空という鉄のように保守的で偏執的な男

冬木家の豪邸の入り口。

鈴木知得留は、一人と一匹の犬を見つめていた。

冬木空が犬を飼うような人だとは、どうしても思えなかった。

「あなたの犬?」知得留は尋ねた。

「名前はタンク。オス、生後6ヶ月。サモエド、純血種だ」冬木空は一気に説明した。

鈴木知得留は不思議に思いながらも、その時は頷いて「ああ!」と言った。

「行こう」冬木空は前に出て彼女に手を差し出した。

その時、タンクと名付けられたサモエドが少し言うことを聞かずに冬木空を引っ張った。

冬木空は眉をひそめ、振り向いて「北村」と呼んだ。

知得留はその時になって、片隅でタバコを吸っている北村忠に気付いた。冬木空に呼ばれ、急いであと2口吸って消し、近くのゴミ箱に捨てた。「まだ半分も残ってるのに、何?」

冬木空はタンクの紐を北村に渡した。「お前が担当しろ」

「俺、犬嫌いなんだけど」北村は不満そうな顔をした。

「お前が持ってきたんだろう」

「いや、これはお前が買えって言ったんだぞ?半月もかけて選んで、やっとこいつを気に入ったじゃないか!冬木空、そういうのはないだろ。自分の犬は自分で面倒見ろよ」北村は文句たらたらだった。

冬木空は彼と議論せず、ただ犬の紐を北村の手に押し付けた。

そして知得留の手を引いて豪邸へ向かいながら言った。「あなたのボディーガードも一緒に来て。家族には話してある」

知得留は振り返って道明寺華を呼んだ。

道明寺華は急いで後を追った。

知得留は入り口でタンクを引っ張り、明らかに手を焼いている北村を見て、なんだか気の毒に思えた。思わず言った。「どうして自分の犬を北村に任せるの?」

北村が冬木空にいじめられているように見えてならなかった。

普段の北村は堂々たる財閥の御曹司で、スマートな男なのに。冬木空の前では何故か「小娘」のような態度になってしまう。

「犬の世話は得意じゃない」冬木空は言った。

「なら買わなければいいのに」知得留は呟いた。

冬木空は足を止め、彼女の耳元で囁いた。「バカ」

あんたこそバカ!

あんたの家族みんなバカよ。

知得留は冬木空に引かれて大広間に入った。