東京中央病院。
鈴木知得留は斎藤咲子を病院に連れて行った。
医師は診察を行い、傷を包帯で巻き、後頭部を怪我したため、頭蓋内損傷の可能性を考慮して一日の経過観察入院を勧めた。
鈴木知得留は斎藤咲子に付き添っていた。
斎藤咲子の顔色は一層悪くなり、血の気が全くないほどだった。
鈴木知得留は「何か食べましょう」と言った。
彼女は家の使用人にお粥を持ってきてもらった。父親の死亡の知らせを受けてから今まで、この女性は水一滴も口にしていないだろうし、まして食事なんてしていないはずだと思ったからだ。
斎藤咲子は声を聞くと、瞳を僅かに動かした。まるでこの世界から切り離されたかのような様子で、乾いた唇を開いて言った。「私たちは他人同士です」
つまり、私たちは他人なのだから、そこまでしてくれる必要はないという意味だった。
鈴木知得留は軽く笑った。
おそらく傷つけられた経験があるから、何に対しても警戒心を抱いているのだろう。
彼女には理解できた。
かつて、田村厚の一家が自分にしたことを知った時、生まれ変わった直後は、誰を見ても疑わしく思えたように。
彼女は「私もあなたと同じような経験をしました」と言った。
斎藤咲子はやはり大きな反応を示さなかった。
「大切な人を失った時の気持ち、私にはわかります」
「でも、あなたにはわかりません」斎藤咲子は今、鈴木知得留に視線を向けた。
「以前経験したことがあります。言っても嘘だと思われるでしょうけど」鈴木知得留は笑って、それ以上の説明はしないことにした。「大丈夫です。今のあなたの気持ちはわかります。何も強要しませんから。ただ、納得がいかないなら、こんなふうに堕落してはいけないということを伝えたかっただけです。この世界で、あなた自身以外に、誰もあなたを助けることはできないのですから」
斎藤咲子は彼女を見つめた。
「お休みの邪魔はしません」鈴木知得留は立ち上がって去ろうとした。
斎藤咲子は突然彼女を掴んだ。
鈴木知得留は彼女の白い手首を見た。とても細くて痩せていた。
彼女は「誰を信じていいのかわからないんです」と言った。
鈴木知得留は頷いた。
わかる、と。
斎藤咲子は彼女の手を放した。