斎藤邸にて。
咲子は邸宅に戻ってきた。
実は彼女は、自分が婚約し、さらには結婚するとは思ってもみなかった。
そして、さらに予想外だったのは、こんなにも素晴らしい男性に出会えるとは。あんなに温かく、愛に満ちた人に。
とても幸運だと感じていた。
生まれてから、記憶が芽生えて以来、こんな感覚は一度もなかった。たとえあの頃、彼女に優しかった村上紀文が現れても、自分が幸運だとは思わなかった。なぜなら、彼女はまだあのような家庭の中にいて、本当の幸せを感じることはできなかったから。あの時の村上紀文は、ただ心の慰めを与えてくれただけだった。
今の冬木郷なら、彼女の人生を本当に変えることができる。彼女を連れて、この生まれ育った家庭がもたらしたすべての傷から解放してくれる。
彼女の笑顔は、消えることがなかった。