斎藤邸にて。
咲子は邸宅に戻ってきた。
実は彼女は、自分が婚約し、さらには結婚するとは思ってもみなかった。
そして、さらに予想外だったのは、こんなにも素晴らしい男性に出会えるとは。あんなに温かく、愛に満ちた人に。
とても幸運だと感じていた。
生まれてから、記憶が芽生えて以来、こんな感覚は一度もなかった。たとえあの頃、彼女に優しかった村上紀文が現れても、自分が幸運だとは思わなかった。なぜなら、彼女はまだあのような家庭の中にいて、本当の幸せを感じることはできなかったから。あの時の村上紀文は、ただ心の慰めを与えてくれただけだった。
今の冬木郷なら、彼女の人生を本当に変えることができる。彼女を連れて、この生まれ育った家庭がもたらしたすべての傷から解放してくれる。
彼女の笑顔は、消えることがなかった。
しかしその瞬間、突然消えた。
それは、二階の廊下に立っている村上紀文を見たからだった。
村上紀文はあの日暴行を受けてから、家で三日間寝込んでいた。出勤もせず病院にも行かず、彼女は彼の姿を見ることもなかった。彼は一日中自分の部屋に籠もり、外に出ることもなかった。そして今、こんな形で突然彼を見ることになった。嫌悪感を抱きながら彼を見た。
村上紀文も彼女の表情の変化に気づいた。
彼女の顔色の変化を見て、それは隠しようもなかった。
実は彼はもう慣れていた。
彼は彼女の方へ歩み寄った。
咲子は眉をひそめ、戦闘態勢に入った。その瞬間、彼女はボディーガードを呼ぼうとしているようだった。
「安心して、何もしないから。ボディーガードを呼ぶ必要はない」村上紀文は低い声で咲子にゆっくりと言った。
彼は知っていた。咲子が冬木郷とデートする時は、ボディーガードを連れていかないことを。
そして彼女のボディーガードは、ただ彼から身を守るためだけに存在していた。
「あなたを信じられるわけないでしょう」咲子は冷笑した。
「少し話をさせてほしい」
咲子は眉をひそめた。
一瞬、村上紀文が遺言を残そうとしているように感じた。
だからその瞬間、彼女は従った。
この話が終わった後に村上紀文が死んでしまうのなら、数分くらいは与えてもいいと思った。
村上紀文は咲子が少し落ち着いたのを見て、ゆっくりと口を開いた。「冬木郷のことが好きなのか?」
咲子は眉をひそめた。