第340章 斎藤咲子が手術同意書にサインする

病院。

医者は村上紀文を見つめ、彼の断固とした態度を見て、もう説得を諦めた。

「君がそこまで決意を固めているなら、もう何も言うまい」と医者は言った。

そう言って、立ち去った。

斎藤咲子はその時、なぜか、ドアの前まで来ていたのに入れなかった。

医者が出てきた時、彼女はむしろ横に避けた。

村上紀文は斎藤咲子に気付かなかった。

腹部の痛みが本当に酷かったから。

今回の痛みは、これまでのどの時よりも深刻だった。

他のことに気を配る余裕などなかった。

彼は布団をめくって起き上がった。

腹部を押さえながら、苦労してトイレまで行って身支度を整えた。

しばらくして。

やっとトイレから出てきた。

便器に長く座っていた。以前も胃の痛みはあったが、今回ほど酷くはなかった。

トイレを出た瞬間、彼の目が一瞬止まった。

まさか斎藤咲子を見ることになるとは思ってもみなかった。

斎藤咲子が根岸峰尾を連れて病室に現れるとは。

腹部を押さえていた手を離し、その瞬間体を真っ直ぐに伸ばして、さりげなく痛みを隠した。

斎藤咲子はそんな彼の仕草をじっと見つめていた。

先ほどの彼がトイレに行くまでの様子を、実は全て見ていた。

この男は本当に我慢強すぎる。先ほど彼が気付かない間に見ていなければ、これほど苦しんでいるとは全くわからなかっただろう。

幼い頃から、彼は彼女の前で一度も本心を見せたことがなかった。

今はもうどうでもよくなっていた。感情すら湧かなかった。

先ほど医者の話を聞いた後、実は帰ろうと思っていた。

村上紀文が手術を二日延期すると決めたのなら、彼女が来ることに意味はない。

そもそも、なぜ自分がここに来たのか、自分でもわかっていなかった。

村上紀文の言う通りだった。

事故は彼女が原因だが、胃の穿孔は違う。

人道的精神で見舞う必要などなかった。

それでも結局来てしまった。

斎藤咲子は唇を噛んだ。

内心で冷笑した。

突然、村上紀文は本当に手の込んだことをすると思った。

もともと彼のことを見るのも吐き気がするほど憎んでいたのに、今は彼の病状を心配して病室まで来てしまう。

昨夜、命知らずに酒を飲んで胃出血を起こしたのは、彼女の代わりに飲んでいたからなのではないかとさえ疑っていた。

村上紀文は本当に狡猾だ。

本当に狡猾すぎる。