病院。
医者は村上紀文を見つめ、彼の断固とした態度を見て、もう説得を諦めた。
「君がそこまで決意を固めているなら、もう何も言うまい」と医者は言った。
そう言って、立ち去った。
斎藤咲子はその時、なぜか、ドアの前まで来ていたのに入れなかった。
医者が出てきた時、彼女はむしろ横に避けた。
村上紀文は斎藤咲子に気付かなかった。
腹部の痛みが本当に酷かったから。
今回の痛みは、これまでのどの時よりも深刻だった。
他のことに気を配る余裕などなかった。
彼は布団をめくって起き上がった。
腹部を押さえながら、苦労してトイレまで行って身支度を整えた。
しばらくして。
やっとトイレから出てきた。
便器に長く座っていた。以前も胃の痛みはあったが、今回ほど酷くはなかった。
トイレを出た瞬間、彼の目が一瞬止まった。
まさか斎藤咲子を見ることになるとは思ってもみなかった。
斎藤咲子が根岸峰尾を連れて病室に現れるとは。
腹部を押さえていた手を離し、その瞬間体を真っ直ぐに伸ばして、さりげなく痛みを隠した。
斎藤咲子はそんな彼の仕草をじっと見つめていた。
先ほどの彼がトイレに行くまでの様子を、実は全て見ていた。
この男は本当に我慢強すぎる。先ほど彼が気付かない間に見ていなければ、これほど苦しんでいるとは全くわからなかっただろう。
幼い頃から、彼は彼女の前で一度も本心を見せたことがなかった。
今はもうどうでもよくなっていた。感情すら湧かなかった。
先ほど医者の話を聞いた後、実は帰ろうと思っていた。
村上紀文が手術を二日延期すると決めたのなら、彼女が来ることに意味はない。
そもそも、なぜ自分がここに来たのか、自分でもわかっていなかった。
村上紀文の言う通りだった。
事故は彼女が原因だが、胃の穿孔は違う。
人道的精神で見舞う必要などなかった。
それでも結局来てしまった。
斎藤咲子は唇を噛んだ。
内心で冷笑した。
突然、村上紀文は本当に手の込んだことをすると思った。
もともと彼のことを見るのも吐き気がするほど憎んでいたのに、今は彼の病状を心配して病室まで来てしまう。
昨夜、命知らずに酒を飲んで胃出血を起こしたのは、彼女の代わりに飲んでいたからなのではないかとさえ疑っていた。
村上紀文は本当に狡猾だ。
本当に狡猾すぎる。