村上紀文は彼女を見つめていた。
斎藤咲子の顔に浮かぶ皮肉な表情を見つめていた。
斎藤グループの機密文書が全部この中に入っているのに、なんて馬鹿なんだろう、村上紀文にパソコンを渡すなんて。
もしかしたら、村上紀文と母親が仕組んだ芝居だったのかもしれない。
わざと彼女にこんな重要なものを村上紀文に渡させて、母子で彼女を陥れようとしているのかもしれない。
村上紀文も斎藤咲子の考えを推し量るのをやめたようだった。
心の中ではすでに察していたけれど。
何も言わなかった、何を言えばいいのかもわからなかった。
北村忠は斎藤咲子がまだ彼のことを好きかもしれない、まだ気にかけているかもしれないと言った。
彼は思った...そんな可能性はほとんどゼロだと。
斎藤咲子は彼を憎んでいるだけだ。
ただ憎んでいるだけ。
今日彼女が付き添ってくれたのは、心の中の少しの罪悪感と人道的精神からだけだった。
彼という人間とは何の関係もない。
「目が覚めたみたいね、歩けるくらい元気になったなら、もう付き添いは必要ないでしょう」
村上紀文はそんな彼女を見つめていた。
斎藤咲子はそう言い捨てて、踵を返して去っていった。
さっぱりとした態度で。
村上紀文は彼女の後ろ姿を見つめていた。
彼女がそんなに冷たく去っていく後ろ姿を。
長い間。
彼は振り返り、一歩一歩ベッドに戻った。
彼は少し息を切らしていた。
激しい呼吸で気を失ってしまうのが怖かった。
実は、まだ死にたくなかった。
彼も人間だ。
人は生きていれば、生きたいという欲望がある。
彼は懸命に手を伸ばし、ナースコールを取った。
「具合が悪いので、医者を呼んでください...」
彼はベッドに重く寄りかかった。
頭が重く足が軽い、麻酔が切れて傷が痛み、先ほどの動きで今は耐えられないほどの痛みになっていた。
医師と看護師が急いで病室に入ってきて、ベッドの頭部に座っている村上紀文を見て驚いた様子だった。
「どうして急に起き上がったんですか、動いてはいけないと言ったでしょう?命が惜しくないんですか!」医師は叱責した、「家族は?家族はどこにいるんですか?」
村上紀文の体を診察しながら尋ねた。
家族はいない。
斎藤咲子は彼の家族ではない。