出発

他に選択肢がなかったため、私はスーツケースを手に取り、引きずって歩き始めた。エースがまだバスルームにいる間に、私はドアを乱暴に閉め、涙を流しながら廊下を駆け抜けた。

廊下の人々は、私が通り過ぎる際にじっと見つめていた。涙に暮れる女性を見つけて興味を持ち、彼らの批判的な目が私を頭からつま先まで観察していたが、人生で初めて、私は彼らが私をどう思うかなど気にしなかった。ただできるだけ早くここから逃げ出したかった。

アンジェラの言葉が今も耳に響いていた。エースが彼女を妊娠させたなんて、今でも信じられなかった。おそらくエースは彼女と結婚したいと思うだろう。彼女が彼の子供を身ごもっているという事実は、結婚の可能性を現実的なものにしていた。

誰にも追われることなくホテルを出ることができ、すぐにタクシーを拾った。運転手に住所を告げると、彼は何も質問せずに従順にホテルから車を走らせた。私は遠ざかっていくグレイソンホテルを重い心で見つめた。二度とあの場所に足を踏み入れないと自分に誓った。そのホテルは今や私が最も嫌いな場所のリストのトップに入った。そのオーナーを憎むのと同じくらい、今では嫌いになっていた。

苦痛を感じながら、私はホテルから目を逸らした。タクシー運転手は静かにティッシュを差し出してくれた。私は震える声で感謝を述べ、頬の涙を拭った。

エース、あの最低野郎、私たちが正式に離婚する前に他の女を妊娠させるなんて。昨夜、自ら彼の腕の中に飛び込んだことを思うと吐き気がした。彼に触れさせてしまった自分が恥ずかしい。自分が嫌になる。

「今はどんなに辛くても、いつか振り返ったとき、この苦労があなたの人生をより良い方向に変えたことに気付くでしょう」とタクシー運転手は言った。見知らぬ人なのに、私のことを気遣ってくれているように感じた。彼のような親切な人がまだこの世界にいるという事実に、少し気持ちが楽になった。

「きっとそうですね」私は頬の涙を拭いながら、無理に笑顔を作って答えた。

運転手は目的地に着くまで何も言わなかった。タクシーは安っぽい巨大なビルやアパートが立ち並ぶ道路脇に停車した。私はスーツケースから財布を取り出し、料金よりもかなり多めの支払いをした。それは彼の親切な態度、私に示してくれた静かな同情に対する私なりのお返しだった。

私の足は車から這い出るように降り、重いスーツケースを引きずった。昨日は大雨が降り、地面は濡れて滑りやすかった。湿った土の懐かしい香りが辺り一面に漂っていて、それは私の子供時代を思い出させた。人生に何の心配もなく、世界を楽園のように見ていた日々。私はため息をついた。でもそれは昔のこと。今では大人の生活がいかに困難かを理解できる年齢になっていた。

私はスリッパを履いた足で慎重に歩を進め、ついに老朽化した3階建ての建物の朽ちかけたドアにたどり着いた。

今の私に手が届くのは安アパートだけだった。銀行の貯金のほとんどは母の入院費用に消えていた。エースは全額支払うと主張したが、私は彼に全てを負担させることを拒否した。彼は私の夫だが、だからといって全ての出費を彼に負担させるわけにはいかなかった。結局、費用を分担することになった。彼が入院費を払い、私が母の薬代を払うことになった。

私は静かにドアをノックした。すると足音が聞こえ、ドアが開いて40代の痩せた小柄な女性が出てきた。

「こんにちは」女性は親しみやすく挨拶した。「何かお手伝いできることはありますか？」彼女は尋ね、唇が開いて隙間のある歯が見えた。

彼女の唇から親しみやすい笑顔は消えなかった。

「空き部屋がまだありましたら、借りたいのですが」と私は答えた。

約1ヶ月前に新聞でこのアパートの広告を偶然見かけていた。その時は部屋を借りる必要なんてないだろうと思って気にも留めなかったが、状況は変わった。幸い、私の記憶力は優れていて、住所を覚えていた。

彼女の顔が明るくなり、ドアを更に広く開けた。薄暗い背景と天井で点滅する照明が見えた。私は周囲を見渡しながら、喉を鳴らし、背筋が凍るような寒気を感じた。中に入ると何か不気味なものが飛び出してきそうな雰囲気だった。

場所を批判するつもりはないが、この雰囲気は私を不安にさせた。

大家さんを見ると、彼女は親切で無害そうに見え、まだ私が入るのを待っていた。気が変わったと言って彼女を傷つけたくなかった。

もう後戻りはできない、と私は喉を鳴らしながら自分に言い聞かせた。

この場所が私の最初で最後の、そして唯一の選択肢だ。家賃は安くて手頃だ。新聞によると、この建物は安全な近隣地域としては最高の評価を得ているという。犯罪率は低く、警察署はすぐ近くにある。市場も近く、ここから数ブロック先にあった。

「より良い仕事が見つかるまでの一時的な措置よ」と自分に言い聞かせながら、ついに一歩を踏み出した。「それに、エースと一緒に豪邸にいるよりも、ここで一人でいる方がましだわ」

頭上の照明が点滅し、私の背後でドアが不吉な音を立てて閉まった。