安藤秘書は躊躇していた。今入るべきか、それとも後で戻ってくるべきか。このような時は江川社長を邪魔してはいけないことを、彼はよく分かっていたからだ。
しかし、江口侑樹は既に彼を見ていた。眉間に軽い皺を寄せ、邪魔されたことへの不快感が僅かに見えたが、安藤秘書が長年彼に仕えてきた分別のある人間だと知っていたので、薄い唇を開き、淡々とした声で「何か用か?」と尋ねた。
まさに踵を返そうとしていた安藤秘書はその場で足を止め、慎重に答えた。「社長、先ほど江川おばあさまからお電話がありまして…」
彼は思わずビデオ通話の画面の女性を一瞥し、躊躇いがちな声で続けた。
江口侑樹は彼の表情に気づき、瞳の奥で光が揺れた。手を伸ばしてノートパソコンの蓋を閉じ、「話せ」と言った。
安藤秘書の声は途端に軽やかになった。「江川おばあさまが、園田さんの弟さんがここ数日体調を崩されていて、彼女が病院で付き添っているとのことです。そして、あなたはご主人として…咳、仕事ばかりに気を取られて奥様をほったらかしにしているとのことで、今すぐに病院へ行って園田さんに付き添い、何か手助けが必要かどうか確認するようにと命じられ…いえ、おっしゃっていました。さもないと…」
その後の言葉を、彼は唇を舐めながら、言うのを躊躇った。
江口侑樹の端正な顔には何の感情も読み取れなかったが、眉を少し上げて「さもないとどうなる?」と尋ねた。
安藤秘書は干笑いを一つ漏らし、曖昧にすることもできず、江川おばあさまの言葉をそのまま一字一句漏らさず伝えた。「さもないと、この老婆が再び陣頭に立って、江川グループを取り仕切ることになる、と!」
少し間を置いて、慌てて付け加えた。「これは全て江川おばあさまのお言葉です!」
彼の言葉が落ちると、オフィスは静寂に包まれた。彼は思わずこっそりと目を上げ、上司の表情を窺った。
しかし相変わらずの無表情で、園田さんのことをどう思っているのか、まったく読み取れなかった。
もし気にかけていないのなら、病院に行かないつもりなら、江川おばあさまの怒りを買うことになる。そうなると、上司が変わることになるのだろうか?
確かに江川おばあさまは若い頃キャリアウーマンだったが、年齢を考えると、やはり無理は禁物だ。